鷹啄 トラビス
97
DF

TAKAHASHI Travis

鷹啄 トラビス
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  • 年齢24
  • リーグ戦
    総出場試合数
    -

PROFILE
プロフィール

  • 名前鷹啄 トラビス(タカハシ トラビス )
  • 生年月日2001/09/16(24歳)
  • 出身地茨城県
  • 身長/体重187cm / 89kg
  • ポジションDF

PLAYER'S HISTORY
インタビュー

<2026年3月30日更新>

-幼少期-

サッカーを始めたのは4歳ぐらいです。幼稚園にサッカークラブがあって、そこでボールを蹴り始めました。母がスポーツ万能で運動神経が良かったので、僕も自然とスポーツを始めた感じです。小学校に上がるタイミングで野球かサッカーで迷って、一番、仲の良かった友達が「サッカーをする」と言ったので、僕もサッカーにしました。馴柴サッカースポーツ少年団というチームに1年生から入りました。ずっと楽しかった記憶があります。4年生で6年生の大会にも出させてもらって、「結構できるな」と思いました。運動神経は良かったと思います。足が速かったので、市の陸上大会でも100メートルで1位になったり、400メートルリレーでも優勝したり、活躍していました。サッカーでも小学生は足が速ければ何とかなるので、(身体)能力に頼っていた気がします。僕の代(6年生)で、何十年かぶりに県大会に出たので、それも思い出に残っています。ポジションは、最初はFWでした。でも5年生ぐらいでセンターバックになって、最初は嫌で泣いていました。「攻めたいのに何で後ろをやらないといけないんだ」みたいな(笑)。ただ、コーチに「センターバックならプロになれるかも知れないよ」と言ってもらって、やる気になりました。大きくて身体能力が高かったので、センターバックにさせられたのだと思います。ただ、小学生の頃はセンターバックからでもどんどん上がっていました(笑)。振り返ると、このポジション変更が最初の転機でした。ここからはずっとセンターバックです。


-中学~大学-

中学では、ヴェルディSSレスチというクラブのセレクションを受けて入りました。千葉県にあるのですが、高校は市船(市立船橋高校)に行きたかったので、千葉のチームに入れば見てもらえるかも知れないという理由で入りました。火・木に練習、土日に試合でした。家は茨城県ですが、30分ぐらいで練習場に着けたので、通っていました。東京ヴェルディの準下部組織だったので、技術も学びました。ただ、僕の強みとしてはヘディングやスピードなど、身体能力の方でした。中3のクラブユースでは千葉県大会のベスト8で負けて、高円宮杯でも千葉県大会の決勝で負けました。全国大会には出られなかったのですが、クラブユースの試合後にレスチのコーチに呼ばれて、「市船からオファーが来ているけど、どうする?」と聞かれて、もちろんその場で即決でした。少し練習参加して、朝岡(隆蔵)監督と面談して、入れることになりました。練習参加した時に居たのが杉岡(大暉)さん、原(輝綺)さん、金子(大毅)さん、自分が見ていた選手たちが練習していたので、憧れの目で追っていました(笑)。


市船では、1年生からAチームに入れてもらいました。1年からAチームに入ったのは僕と畑大雅と鈴木唯人の3人でした。試合には出れなかったのですが、3年生の杉山(弾斗)さん、福元(友哉)さんのレベルが高かったので、そのような選手と身近に練習できたことは良かったです。僕を市船にスカウトしてくれた伊藤竜一GKコーチにクロスをはね返すヘディング、ロングキックをはね返すヘディングをずっと練習してもらい、育てていただきました。伊藤さんのおかげで自分の武器が磨かれました。恩師です。2年生になっても、Aチームの試合には出ていません。それでも日々の練習後もずっと自主練していたので、少しずつ自信は付いていきました。3年生になって、試合に出られるようになりました。僕がセンターバック、畑が右サイドバックでした。畑は足が速く、適当に蹴っておけば追い付いてくれるので、助かりました(笑)。3年生では、インターハイは千葉県大会の準決勝で負けたのですが、選手権には出ることができました。県予選決勝の相手が流経(流通経済大柏高校)で、それまで2年連続で選手権に出ていた相手だったので、倒せた時は嬉しかったです。この決勝戦が高校3年間で一番の思い出です。3-2で勝ったのですが、先制して、追い付かれて、取って、取られて、最後に唯人が決めて勝ちました。めちゃめちゃ嬉しかったです。ただ、選手権では初戦で日章学園にPK戦で負けました。全国優勝できると思っていたので、悔しかったです。自分たちが押してはいたのですが、守られて0-0に持ち込まれて、PK戦で負けました。僕は3番目に蹴って決めました。市船で過ごした3年間でメンタル的にも強くなりました。「プロになりたい」という漠然とした思いではなく、「プロになる」という明確な決意を持てたのも、市船での3年間があったからです。


高校卒業後の進路としては、駒澤大学から最初に話をもらったのですが、プロに行きたかったので、保留していました。同時期に横浜FCの練習参加もしていたので大学は乗り気ではなかったのですが、市船の監督からも「大学に行ってからでもプロには行けるから、大学もいいんじゃないか」と言っていただいて、親にも「大学は行った方がいいよ」と言われたので、駒澤大学に行くことに決めました。練習参加した時に、駒澤大学には自分に足りないモノが詰まっていると感じたことも、進学の決め手になりました。僕はサッカーをする上で一番大事なことはメンタルだと思っているのですが、その部分はズバ抜けて持っているつもりです。駒澤大学の4年間で精神的にも強くなれました。秋田(浩一)監督からは、「自分の強みでは絶対に負けるな」と言われ続けたので、4年間で自分のストロングポイントも磨かれました。4年間を振り返ると、1年の終わりに両足の第五中足骨のケガをして、2年も最初はリハビリでした。ただ、この期間で体を作ることができました。5月か6月ぐらいに復帰したのですが、この間でだいぶ大きくなりました。僕が2年生の時にインカレで優勝しましたが、その時の4年生が凄かったです。今はベガルタ仙台にいる荒木駿太さん、同じく仙台の宮崎鴻さん、テゲバジャーロ宮崎の土信田悠生さん、ジュビロ磐田の江﨑巧朗さん。4、5人プロに行くような選手がいて、めちゃくちゃ強かったです。次の年は2部リーグに降格してしまったのですが、自分の武器は通用した手応えがありました。1年生、2年生の頃は、蹴って走る駒澤のサッカーに反発して受け入れることができなかったのですが、3年生にもなると、駒澤のスタイルがめっちゃ好きになっていました(笑)。どのチームに行っても、そのスタイルを受け入れないと試合には出られない。大学で「受け入れる力」を学びました。3年生では率先して駒澤のスタイルを実践するようになりました。チームのやり方をしっかり受け入れてプレーすることは、プロになった今でも活きています。CBとしては、「魅せないこと」を意識していました。現代サッカーはCBに求められることも色々ありますが、「お前の仕事は守ること。ディフェンダーは守れないと意味がない」と監督に言われて納得したので、余計なことはせず、まずは守ることを意識していました。4年生では2部リーグで優勝して、再び1部に上げることができました。降格した前年、自分は3年生でしたけど試合に出ていたので、責任を感じていました。「絶対に上げてやろう」という思いでプレーしたので良かったです。同期で特に仲が良かったのは、テゲバジャーロ宮崎の松本ケンチザンガです。大好きな親友で、ずっと切磋琢磨していました。彼も最初はセンターバックだったのですが、監督にFWにコンバートされて化けた感じです。4年生では自分が守って、彼が決める、という感じでした。2部リーグでしたが、優勝争いのプレッシャーがある中で1年間を戦って優勝できたことは成長につながりました。

-プロ以降-

大学時代に水戸ホーリーホックやいわきFCに練習参加したのですが、加入はできませんでした。悔しかったですが、サッカーを続けていればプロになれる自信はあったので、カテゴリーは気にせずサッカーを続けました。新井場(徹)さんから話をいただいて、FCティアモ枚方に入らせてもらいました。(新井)晴樹くんがティアモからセレッソに入ったことも知っていたので、自分もティアモに決めました。ティアモでは病院で介護の仕事と両立していました。「絶対に這い上がってやる」という気持ちは強くなりましたし、お金を稼ぐことの大変さ、両親の有り難みも感じました。改めて感謝しないといけないと、親へのリスペクトが増しました。介護の仕事だったので、おじいちゃん、おばあちゃんとめっちゃ仲良くなりました。「日本語、上手いね」みたいに言われて(笑)。改めて、「自分はサッカーが好き」という気持ちも分かりました。ティアモでは、誰よりフタ(二川孝広)さん、オグリ(大黒将志)さんが上手かったです。オグリさんはサッカーがめっちゃ好きな方で、「何で緊張してんねん。楽しめや」といつも言ってもらっていました。フタさんは特に何も話さないですが、優しくて、いつもニコニコしていました(笑)。ミーティングもほぼオグリさんが話して、最後にフタさんが少し話す感じでした。セレッソとも練習試合をやって、勝ちました(笑)。今年、セレッソの強化部の方と面談した時、「当時から良い選手だと思っていた」と言っていただきました。ティアモでシーズンが終わった後、来季について話していた時期に、「水戸からオファーが来たよ」とティアモの強化部から連絡が来ました。朝だったので、飛び跳ねて起きました(笑)。水戸もティアモでの1年を追っていてくれたようです。もちろん、即決でした。


昨シーズンの水戸での1年は、自分の人生を変えてくれました。僕が知っている水戸ホーリーホック、じゃなかったです。小さい頃から見ていた水戸はJ2でも下位にいたクラブ。まさか入った年に優勝するとは思わなかったです。開幕前から昇格は目標に掲げていたのですが、夏が終わったぐらいで2位だったので、「昇格じゃなくて優勝を目指すぞ」と森(直樹)監督がおっしゃって、そこからは優勝が目標に変わりました。試合をやる毎に手応えも感じて、選手間でも「優勝しようぜ」という雰囲気になりました。僕自身は第2節に少し出てJ2デビューした後、そこから数試合は出られなかったのですが、北海道コンサドーレ札幌戦で(アマドゥ)バカヨコ選手を抑える役目で森監督がスタメンで使ってくれて、バカヨコ選手を抑えて試合にも勝って、そこからずっと出るようになりました。この札幌戦が昨年の転機でした。J2でもやれるという自信が付きました。最終節、ホームで大分トリニータに2-0で勝って優勝と昇格を決めました。その前の試合、アウェイのV・ファーレン長崎戦でタカくん(飯田貴敬選手)がケガをして、週明けにタカくんから「次は頼んだぞ」と連絡が来て。それまでタカくんに支えてもらっていた分、板倉(健太)選手と「俺らがやらないといけない」と決意を新たにしました。昨年は、勝っていくことでどんどんスタジアムにも人が集まるようになっていたのですが、最終節は満員で地鳴りのような歓声が響いて、忘れられない1日になりました。試合が終わった瞬間は力が抜けて一気に疲れが来たので、余韻に浸ることなく家に帰ってすぐ寝ました(笑)。優勝したことで周りからの反響や祝福も凄かったです。テレビにも出ました(笑)。


今年、水戸でJ1を戦う選択肢もありました。ただ、言い方は良くないですが、試合に出れてしまう可能性が高い。それでは成長しないと感じて、自分が成長するためにどうすればいいかと考えた時に、セレッソから話をもらった瞬間、「行くしかない」と思いました。それだけにヘルニアのケガで試合に絡めない今の状況は悔しいですが、自分の人生には必要なことだったと思っています。何かしら原因があるからこのようなケガをしている訳で、足りない部分を見直すきっかけになりました。最初はネガティブな気持ちにもなりましたけど、落ち込んでいる時間がもったいないな、と。腰に負担が掛かる走り方をしていたり、体のコアな部分が弱いからこうなった訳で、トレーニングしてコアを強化したら、また新たな自分を出せるのではないかと、ポジティブに切り替えました。夏からのシーズンに向けて、今は周りのディフェンダーを見て学ぼうと思っています。シンくん(畠中槙之輔)もリキトくん(井上黎生人)も常に落ち着いています。守備は少しでも隙を作るとやられてしまうのですが、2人は隙を作らない。そこは凄いなと思います。自分も試合に出たら、自分の良さを出しながらも隙を作らないことを意識したいです。まだリハビリの過程ですが、出ることを想像しながら試合も観ています。チームの雰囲気は凄く良いです。水戸も若かったですが、セレッソも若い。同世代が多くて楽しいです。背番号97は誕生日の9月17日から取っています。昨年、水戸で優勝して縁起も良くなったので、セレッソでも付けさせてもらっています。復帰後、サポーターの皆さんの前でプレーする瞬間が楽しみです。


CAREER
経歴

馴柴サッカースポーツ少年団→ヴェルディSSレスチ→市立船橋高校→駒澤大学→FC ティアモ枚方→水戸ホーリーホック→セレッソ大阪

PERSONALITYパーソナリティー

  • 1 ニックネーム

    トラ
  • 2 利き足

    右足
  • 3 足のサイズ(cm)

    28.0
  • 4 背番号へのこだわり

    誕生日
  • 5 スパイクのこだわり

    履き心地
  • 6 試合前に必ずすること

    ノートに気持ちを書く
  • 7 自分のプレーの特徴

    空中戦と対人
  • 8 遠征に必ず持っていくもの

    オールドスパイス
  • 9 オフの過ごし方

    寝るか遊ぶか
  • 10 ストレス解消法

    あんまストレスたまらない
  • 11 サッカーを始めたきっかけ

    気づいたらやっていた
  • 12 仲の良い選手/理由

    山﨑 希一・松本ケンチザンガ/ラブ
  • 13 チームメイトの意外な一面

    まだわからないから探す
  • 14 憧れの選手

    アンリ
  • 15 サッカーで一番大切にしていること

    向上心
  • 16 今までで一番嬉しかった試合

    水戸ホーリーホックの最終節
  • 17 もしサッカー選手じゃなかったら

    ラッパー
  • 18 あなたにとってサッカーとは

    人生
  • 19 今季の目標(サッカー目標)

    優勝
  • 20 セレッソ大阪の好きなところ

    みんなフレンドリー
  • 21 セレッソ大阪のイメージ

    ピンク
  • 22 ヨドコウ桜スタジアムの好きなところ

    距離感が近い
  • 23 おすすめの地元飯

    いっとくラーメン
  • 24 趣味・マイブーム

    自然巡り
  • 25 自分の性格を一言で!

    マイペース
  • 26 自分を動物に例えると

    ゴリラ
  • 27 生きていて1番ワクワクする瞬間

  • 28 座右の銘、好きな言葉

    人生負け負け勝ち
  • 29 初めての給料の使い道

    覚えてない
  • 30 好きな芸能人/アーティスト/芸人(男性)

    タイラー・ザ・クリエイター
  • 31 好きな女性のタイプ

    笑顔が素敵な人、落ち着いてる人
  • 32 好きなアニメ/マンガ/ゲーム

    探し中
  • 33 好きな季節/理由

    秋/僕の誕生日があるから
  • 34 好きな音楽のジャンル

    HIPHOP
  • 35 好きな食べ物

    焼き魚
  • 36 苦手な食べ物

    トマト
  • 37 この世で一番好きなもの

    家族と飼ってる犬
  • 38 この世で一番怖いもの

    お父さん
  • 39 今一番欲しいもの

    魔法を使える能力
  • 40 最近のうれしかった出来事を教えてください

    水戸で優勝したこと
  • 41 今季の目標(プライベート)

    セレッソのみんなと仲良くなる
  • 42 子どもの頃にやっていてよかったなと思うこと

    毎日サッカーをしていた
  • 43 学生時代に得意だった科目

    体育
  • 44 ほっとする瞬間

    寝坊して間に合った時
  • 45 日常生活で「自分がサッカー選手だな」と感じる瞬間

    石があったら蹴りたくなる
  • 46 旅行に行くならどこに行きたい?

    ニース
  • 47 住んでみたいところ

    ニース
  • 48 あなたのMBTIは?

    ESTP
  • 49 戸建派かマンション派か?

    戸建派
  • 50 ファン・サポーターへ向けて一言

    熱い応援よろしくお願いします。
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