PROFILE
プロフィール
- 名前大畑 歩夢(オオハタ アユム)
- 生年月日2001/04/26(24歳)
- 出身地福岡県
- 身長/体重168cm / 65kg
- ポジションDF
PLAYER'S HISTORY
インタビュー
<2026年2月6日 更新>
-幼少期-
福岡県北九州市出身です。サッカーを始めたのは小学校3年生の終わりぐらいです。小学校で仲の良かった友達が何人か一気に小倉南FCに入って、そのタイミングで一緒に入りました。兄弟は兄が3人いますが、誰もサッカーはやっていません。最初にボールを蹴った頃の記憶は、ほとんどありません(笑)。サッカーをやっているというより、友達と一緒に遊んでいるという感覚でした。ただ、クラブ自体は強くて、小学校6年生の時に全日本少年サッカー大会に出ました。左利きだったので、ポジションは左サイドハーフでした。同級生には植中(朝日)選手がいました。
-中学〜高校-
中学も小倉南FCに上がります。中学でも練習はほぼゲーム形式で、遊びのような感覚というか、練習がきついと思ったことはなかったです。楽しくやっている内に技術も身に付いた感じです。九州では1位、2位を争うクラブで、中学でも全国大会に出ました。中学では、中2からボランチをやりました。中盤も楽しかったです。
高校からサガン鳥栖のU-18に入ります。中学時代、鳥栖U-15とは何度も対戦して、中3の1年間だけでも4回対戦したのですが、その中で声を掛けてもらいました。高校時代の練習はきつかったですね(苦笑)。大体顔を知っているような九州の上手い子たちが集まるので、レベルも高かったです。これまでのキャリアの中で最も成長したと思う時期が、高校の3年間でした。走りもキツく、練習の強度も高い。大変でしたが、トレーニングを続ける内に自然と成長できました。左サイドバックを始めたのは高校1年生の途中からです。上下動がキツかったですし、それまでは左サイドハーフやボランチをやっていたので、最初はSBをやりたくない気持ちもあったのですが、途中からSBの面白さも分かり始めて、そこからプロになってもずっとSBなので、振り返るとこのポジション変更がキャリアのターニングポイントになったかも知れません。
高校1年生では、プリンスリーグ九州で優勝しましたけど、僕は出ていません。2年生でのプリンスリーグ九州は無敗で優勝しました。レギュラーではなかったですが、少し出ました。入れ替え戦(高円宮杯JFA U-18サッカープレミアリーグ プレーオフ)にも出ました。1年生の時の入れ替え戦で負けた姿も見ていたので、「今年こそ絶対に(プレミアリーグに)上がる」という気持ちで挑んだのですが、1回戦で負けてしまい、残念でした。3年生ではレギュラーを掴んでプリンスリーグ九州で優勝して、入れ替え戦も制してプレミアリーグに昇格できました。それまで2年連続で逃していたので、自分たちの代で最後に置き土産を残せて良かったです。高校3年生では、夏のクラブユース選手権でも決勝まで行って、準優勝しました。決勝の相手は名古屋だったのですが、僕らの代の名古屋は小学校時代から強く、石田(凌太郎)選手とか上手い選手がいっぱい居ました。全日本少年サッカー大会でも1次ラウンドで対戦して、その時は1-1でした。高2から少しずつトップチームの練習に参加することもあり、そのあたりからトップチームでプレーしたい思いも出始めました。正式にトップ昇格を告げられたのは高3の夏ごろでした。嬉しかったですが、ここから、という気持ちの方が強かったです。
-プロ以降-
プロ1年目はケガが多く、あまり試合に絡めませんでした。この年(2020年)はコロナが流行って、グラウンドで練習できない期間も長かったので、林大地選手、森下龍矢選手ら大卒の選手とジムでトレーニングしていたことを覚えています。2年目はJ1リーグで30試合に出ることができました。体のケアをしっかりすることでコンディションも上がり、コンスタントに試合に出ることで自信も付きました。SBとして上下動できる体力も付いて、対人プレーも強くなっていきました。チームとしては、夏までは上の順位にいて良かったのですが、そこから落ちて、最終的には7位で終わったのは悔しかったです。高校まではとにかく頑張る、という感じでプレーしていましたが、プロになって、ポジションを取ってサッカーすることを学びました。
プロ2年目が終わった後に浦和レッズからオファーをもらいました。色んな人に相談して、チャレンジしようと移籍を決めて、2022年から3シーズン浦和でプレーしました。1年目はその前年の11月に第五中足骨を骨折した影響もあり、キャンプは全てリハビリに費やしたので、シーズンが始まってからも少しずつコンディションを戻しながらのプレーが続きました。浦和での1年目はリカルド ロドリゲス監督でした。この年はACLで準決勝まで出させてもらい、勝ち上がっていったことが印象に残っています(決勝は翌年に行われた)。浦和での2年目は(マチェイ)スコルジャ監督、3年目は(ペア マティアス)ヘグモ監督、途中で再びスコルジャ監督、と毎年監督が代わり、その度にサッカーのスタイルも変わりました。個人的にも中足骨をケガして以降、なかなか鳥栖での2年目のようなコンディションに戻らない難しさもありましたが、浦和での3年間はACLで優勝したり、色んな経験ができたと思っています。2024年はパリ五輪にも出場できました。目標の一つだったので嬉しかったですが、準々決勝のスペイン戦ではボールが取れずに0-3で負けて、悔しい思いもしました。
昨年1月にベルギーのOHルーヴェンに移籍しました。海外でプレーしたい思いは鳥栖の1年目ぐらいから漠然と持っていましたが、実際に行ってみると生活も大変でサッカーのスタイルも合わず、難しかったです。それでも海外に残る選択肢もあったのですが、昨年の夏、日本に戻ることにしました。決断は難しかった部分もありましたが、セレッソから話をもらい、パパス監督と面談して、監督の思いや自分に対する分析、自分のプレー映像も見せてもらいながら、「セレッソではこう起用したい。このようなプレーをして欲しい」といったことも話してもらって、それが自分に刺さったので、このチームでプレーすることに決めました。セレッソは攻撃的で面白いサッカーをするチーム。自分自身、攻撃的にプレーすること、周りの選手と関わりながらビルドアップで崩していくことは武器なので、やりがいがあります。サイドバックの位置からアタッキングサードに入って得点に関われることも自分の強みだと思っているので、今年は得点やアシストも狙っていきます。もちろん守備のポジションなので、失点しないこと、対人プレーで強さを発揮することも心掛けたいです。今年の前半は特別大会ですが、目の前の1試合に勝つことは変わりません。攻守に走って、チームの勝利に貢献したいと思います。
CAREER
経歴
NATIONAL TEAM HISTORY
代表歴
PERSONALITYパーソナリティー
1 ニックネーム
歩夢2 利き足
左足3 足のサイズ(cm)
26.04 スパイクのこだわり
フィット感5 試合前に必ずすること
風呂に入る6 自分のプレーの特徴
球際7 遠征に必ず持っていくもの
気持ち8 オフの過ごし方
リラックス9 ストレス解消法
瞑想10 サッカーを始めたきっかけ
小311 仲の良い選手/理由
石井快征/かっこいいから12 チームメイトの意外な一面/内容
中島元彦/寂しがりや13 憧れの選手(子どもの頃でも構いません)
カイルウォーカー14 サッカーで一番大切にしていること
気持ち15 今までで一番嬉しかった試合
アジアカップ決勝16 今までで一番悔しかった試合
パリ五輪のスペイン戦17 もしサッカー選手じゃなかったら
ネイリスト18 あなたにとってサッカーとは
人生19 今季の目標(サッカー目標)
タイトル20 セレッソ大阪の好きなところ
ピンク21 セレッソ大阪のイメージ
さくら🌸22 ヨドコウ桜スタジアムの好きなところ
勝利後23 どんな応援をされると嬉しい?
熱い最高の応援24 おすすめの地元飯
肉肉うどん25 趣味・マイブーム
瞑想26 自分の性格を一言で!
トラ27 自分を動物に例えると
トラ28 生きていて1番ワクワクする瞬間
早く試合がしたい時29 座右の銘、好きな言葉
為せば成る、為さねば成らぬ、何事も30 好きな芸能人/アーティスト/芸人(男性)
千鳥31 好きな芸能人/アーティスト/芸人(女性)
石原さとみ32 好きな女性のタイプ
綺麗33 好きな季節/理由
春か秋/過ごしやすい34 好きな音楽のジャンル
J-POP35 好きな食べ物
寿司36 苦手な食べ物
ラーメン37 この世で一番怖いもの
虫38 今一番欲しいもの
日本39 子どもの頃にやっていてよかったなと思うこと
勉強40 学生時代に得意だった科目
図画工作41 ほっとする瞬間
勝った時42 旅行に行くならどこに行きたい?
日本全部43 戸建派かマンション派か?
マンション44 ファン・サポーターへ向けて一言
頑張ります!
