PROFILE
プロフィール
- 名前大迫 塁(オオサコ ルイ)
- 生年月日2004/10/13(21歳)
- 出身地鹿児島県
- 身長/体重177cm / 69kg
- ポジションMF
PLAYER'S HISTORY
インタビュー
<2026年2月6日 更新>
-幼少期-
サッカーは幼稚園の年長から始めました。実家がラーメン屋なのですが、遊びに来てくれる近所のお兄ちゃんたちがサッカーをしていて、一緒にボールを蹴る中で自然と始めました。楽しかったです。小学校に上がるタイミングで、谷山SSSという少年団に入ってプレーしました。4年の時に、FCサウサーレというチームに移りました。ここではフットサルもやっていました。この経験は大きかったです。サッカーを始めた小1からずっと、「将来はワールドカップに出て優勝する」という夢を持ってサッカーをしています。小学校6年間で、技術的にも上達できたと思っています。
-中学~高校-
中学からは神村学園に入りました。県外に出たくなかったので、県内で探して、良いサッカーをしていて面白かったので、決めました。1年からずっと試合にも出させてもらって、伸びたと思います。中3ではキャプテンもしていましたが、難しいことはあまり考えず、純粋にサッカーを楽しんでいました。この時期ぐらいから年代別代表にも入り始めて成長できたと思います。14歳で出会った有馬賢二監督の影響は大きかったです。熱い方で、色々と指導してもらいました。ただ、中3のU-16アジア選手権の予選ではうまくいかず、森山佳郎監督に課題を指摘されて、「このままではヤバい」と感じました。この時の悔しさはずっと覚えています。そこで変わることができ、国体などで活躍できました。その後、U-16アジア選手権やU-17ワールドカップはコロナの影響で大会がなくなりました。この大会があればまた違う経験ができたと思いますが、仕方がないです。
高校はそのまま神村学園に上がりました。それ以外の選択は考えていなかったです。苦しい時期が多い3年間でした。特に3年のインターハイあたりの時期が精神的に苦しかったです。チームとして全員が同じ方向を向くことができていないように感じ、自分にも余裕がなく、まとめるのがきつかった。この時期に、セレッソへの長めの練習参加を神村学園の監督にお願いした所、快く了承していただきました。ここで自分と向き合う時間ができたことが良かったです。キャプテンとチームは鏡というか、キャプテンの状況がチームにも出る。ここで心に余裕ができたことが、チームにとっても自分にとっても良かったと思います。夏以降、全員が同じ方向を向いてきて、内容でも結果でも勝てるゲームが増えていきました。試合を重ねるにつれて、良いチームになってきた手応えがありました。最後はプレミアリーグ昇格も決めました。入れ替え戦はセレッソ大阪U-18との対戦でしたが、6年間育てていただいた神村に恩返しをしたい気持ちがありました。後輩たちに少しでもレベルの高い所でプレーして欲しい気持ちがあったので、セレッソとの対戦ということは考え過ぎずに戦いました(笑)。試合後、仲の良い春名竜聖と話したのですが、「良いチームだった」と言ってくれました。その後の選手権でも優勝できれば一番でしたが、国立(準決勝)まで行けたので、1年間やってきたことが少しは報われた気持ちでした。
神村での6年間は、攻守のバランスも見ながらプレーしていましたが、ゲームメイクして自分から始まる攻撃が多かったです。ポジションはずっと真ん中で、チーム状況に応じてトップ下やボランチをやっていました。高2ではボランチに上手い選手がいたので、自分はトップ下でパスを引き出すことや得点にこだわっていました。高3ではずっとボランチで、ゲームを作る役割でした。自分の中でパスを出す時の感覚やゲームの中での想像力は、サッカーを始めた頃からありました。ボールを持った時は相手の重心の逆を突くことを意識しています。中学生時代からグティやエジル、清武さんのプレーを見ていました。アシストした時が嬉しいですが、得点を取ることも好きです。プレーヤーとしては、チームが上手くいかない時にチームを回せる選手、点が欲しい時に取れる選手、勝っている時はしっかりとゲームをコントロールできる選手。そういう選手になりたいです。
-プロ以降-
セレッソへの加入は高2の8月に練習参加した時点で決めさせていただきました。直感もありましたし、練習から100%でやるトレーニングの質も自分にとって成長できると感じました。それと、何より幼い頃からずっと清武さんのプレーを見ていたので、清武さんの近くで学びたいと思って決めました。清武さんは、練習参加した時も一緒にプレーしたのですが、立ち位置やボールの置き方がめちゃくちゃ上手かったです。プロになった今もずっと憧れの存在です。プロ1年目の23年は、筋トレも頑張って体を作りながら、色んな選手から学ぶことが多かったです。特に(鈴木)徳真さんから教わることは多く、練習試合ではボランチで組む試合もありました。自由にやらせてくれて、楽しくプレーできました。特に意識したのは、ボールを受ける前の動き、前線に差し込むキーパスです。そこは徳真さんを始めセレッソのボランチの選手を見習いつつ、自分も意識して取り組んでいました。1年目は練習試合や紅白戦で左サイドバックとして出る試合もあったのですが、プレーの幅は広がったと思います。
2024年はいわきFCに期限付き移籍をしました。初めての移籍で不安もあったのですが、いわきは地域密着型のチームで、街のみんなが応援してくれるチームだったので、楽しく過ごせました。練習はキツかったですが、筋トレをガッツリやって、スプリントのトレーニングも多かったので、体も大きくなって、走りの数字も上がりました。ポジションは主に左ウイングバックでした。ワイドに張ってクロスを上げたり、逆サイドからのクロスに入っていくことも求められていました。守備の時は最終ラインまで戻って3バックのカバーもしていたので、上下動できる運動量は身に付いたと思います。いわきで学んだことはこれからも生かしていきたいです。SC相模原へ育成型期限付き移籍した昨年は、プライベートで結婚という大きな出来事がありました。第一子も誕生して家族ができたので、より一層、今シーズンに懸ける覚悟は強いです。1日1日の練習をしっかり積み重ねていきたいですし、今年はサッカーに費やす時間をより長くしていきたいです。チャンスは必ず来ると思っているので、来た時に掴めるよう、毎日の練習を一生懸命やっていきます。
CAREER
経歴
NATIONAL TEAM HISTORY
代表歴
PERSONALITYパーソナリティー
1 ニックネーム
るい2 利き足
左足3 足のサイズ(cm)
27.04 背番号へのこだわり
一年目と同じ5 スパイクのこだわり
フィット感6 試合前に必ずすること
たくさん寝る7 自分のプレーの特徴
キック8 遠征に必ず持っていくもの
寝るグッズ9 オフの過ごし方
寝る10 ストレス解消法
サウナ11 サッカーを始めたきっかけ
近所のお兄ちゃん達の影響12 仲の良い選手/理由
春名竜聖/なんか合う13 チームメイトの意外な一面/内容
上門選手/言われたら断れなくてモジモジする14 憧れの選手
清武選手15 サッカーで一番大切にしていること
継続16 今までで一番嬉しかった試合
天皇杯のフロンターレ戦17 今までで一番悔しかった試合
去年の鹿児島戦18 もしサッカー選手じゃなかったら
ラーメン屋19 あなたにとってサッカーとは
闘い20 今季の目標(サッカー目標)
試合に出る、毎日継続する21 セレッソ大阪の好きなところ
明るい22 セレッソ大阪のイメージ
陽気23 ヨドコウ桜スタジアムの好きなところ
歓声がすごい24 どんな応援をされると嬉しい?
大きな声で25 おすすめの地元飯
えびすラーメン26 趣味・マイブーム
睡眠27 自分の性格を一言で!
調子乗り28 自分を動物に例えると
さる29 生きていて1番ワクワクする瞬間
練習が終わって子供と会う時30 座右の銘、好きな言葉
情熱が夢を叶える31 初めての給料の使い道
両親へのプレゼント32 好きな芸能人/アーティスト/芸人(男性)
菅田将暉33 好きな芸能人/アーティスト/芸人(女性)
ヨネダ200034 好きな女性のタイプ
優しい人35 好きなアニメ/マンガ/ゲーム
キングダム36 好きな季節/内容
秋/ちょうどいい気温37 好きな音楽のジャンル
HANA38 好きな食べ物
お寿司、ラーメン39 この世で一番好きなもの
家族40 この世で一番怖いもの
幽霊41 今一番会ってみたい人
長渕剛42 今一番欲しいもの
筋肉43 最近のうれしかった出来事を教えてください
子供がよく笑うようになった44 今季の目標(プライベート)
たのしむ45 子どもの頃にやっていてよかったなと思うこと
大人と喋ること46 学生時代に得意だった科目
数学47 ほっとする瞬間
子供を見た時48 日常生活で「自分がサッカー選手だな」と感じる瞬間
鶏胸肉ばっかり食べている時49 旅行に行くならどこに行きたい?
北海道50 住んでみたいところ
鹿児島51 あなたのMBTIは?
ENFP52 戸建派かマンション派か?
戸建53 ファン・サポーターへ向けて一言
一所懸命がんばります
