イシボウ 拳
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GK

ISIBOR Ken

イシボウ 拳
  • 年齢18
  • リーグ戦
    総出場試合数
    -

PROFILE
プロフィール

  • 名前イシボウ 拳(イシボウ ケン)
  • 生年月日2007/08/28(18歳)
  • 出身地大阪府
  • 身長/体重195cm / 82kg
  • ポジションGK

PLAYER'S HISTORY
インタビュー

<2026年8月4日 更新>

-幼少期-

サッカーは小学4年生から始めました。仲いい友達がサッカー好きで、「体験に行くから拳も行こう」と言われて連れていかれたのが最初です。そうしたら、その友達が「入る」と言い出して、「拳も入れ」と言われて始めました。自分から「サッカーやりたい」という感じではなかったです(笑)。最初は大阪フットボールクラブというクラブに入ったのですが、小学生5年生の最初に中泉尾JSCに移りました。小学生時代はGKではなく、フィールドプレーヤーでした。FWかCBをやっていました。小6でキャプテンをやらされました。同学年は4人ぐらいしかいなくて、初心者が多かった。僕もほぼ初心者だったのですが、その中では僕は経験がある方だったので、キャプテンになったのだと思います。監督やコーチにはよく怒られていました。身長は小学生の頃から高かったです。160cmは超えていたと思います。お父さんも190cmあります。お父さんはサッカー経験者ではなかったですが、サッカーを見るのが好きでした。


-中学~高校-

中学からセレッソ大阪のU-15に入ります。きっかけは、大阪フットボールクラブの代表の方が大熊裕司さんと知り合いで、「セレッソ(U-15)の練習にGKとして参加してみないか」という話をいただいたことです。GKはやったことはなかったのですが、その話をもらってから少し練習して、小5の終わりから小6の最初の方で練習参加させてもらいました。そこからセレクションも受けて、合格しました。自分としては受かるとは思っていませんでした。中学からはバスケをやろうと思っていたんです。チームも探していたところ、セレッソのU-15に受かったので、両親とも相談して入ることにしました。1年目はコロナが流行った年で、オンラインでトレーニングしていました。1年生の途中からグラウンドで練習するようになり、最後の方にU-13のナショナルトレセンに選ばれました。ほぼGKとしてはプレーしていないにも関わらず選ばれたので、びっくりしました。セレッソのレベルはめちゃくちゃ高くて、最初は付いていくのに必死でした。GKも1学年先輩の2人、黒瀬理仁くんと嶺翔莉くんがめちゃくちゃ上手かったです。同学年でもう1人のGK、瀧優斗も上手かった。その3人から毎日勉強させてもらっていました。自分はシャイでチームのみんなと喋るタイプではなかったのですが、GKの先輩2人と瀧とはよく話していました。中学3年間はGKコーチの上野(秀章)さんに指導していただきました。何もできない自分にGKとして必要なことをイチから優しく教えて下さったので、本当に感謝しかないです。恩師と呼べる方で、大好きでした。同期がみんな上手かったので、中学3年生の夏に行われたクラブユース選手権で優勝しました。自分はこの頃もまだ全然上手くなかったです。それでも初戦から出させてもらっていたのですが、途中で右手を脱臼して瀧に代わりました。自分は出ていないですが、この大会の決勝で勝ったことが中学時代で一番嬉しい思い出です。逆に一番悔しい思い出が12月に行われた高円宮杯の準決勝でヴィッセル神戸U-15に負けたこと。右手のケガも治って、この試合には出ていましたが、ヴィッセルは強かったです。中3の最後の方にトップチームの練習に初めて呼んでもらいました。最初は緊張しました。ジンさん(キム ジンヒョン)、圭さん(清水圭介)、真木くん(真木晃平)がいました。当時、同世代の選手でも凄いなと感じていたのに、プロなんてもう凄いとしか言いようがなかったです。その中で真木くんはだいぶ変わった人で、僕にもおちゃらけて喋ってくれて(笑)、楽しかったです。GKグローブもくれたので、ありがたかったです。


高校はセレッソのU-18に昇格します。自分だけ下手で、先輩に迷惑をかけていたと思います。ただ、同学年がめっちゃ仲良くて、練習に行くのが楽しかったです。西U-15から来た山本世梛という子が面白くて、運命を感じました。「これはやっていけるぞ」と(笑)。すぐ親友になり、今でも仲いいです。自分らの学年は全員、異常に仲が良かったです。ただ、練習用具を出し忘れるなど、先輩にはよく怒られていました。キャプテンは皿良立輝選手で、最初は話すことができませんでしたが、少しずつ仲良くさせてもらって、ご飯に行くこともありました。高1ではプリンスリーグの試合に何回かメンバーに入りましたが、試合には出ていません。GKコーチは、いまトップチームのGKコーチをされている稲田(康志)さんでした。一つ一つの動作を指導してもらいました。よく怒られていました。高2でも同期の仲間が仲良くて、毎日が楽しかったです。高3の先輩とも仲良くさせてもらっていました。高2では、プリンスリーグ2部の開幕戦に出ました。自分としては高3の先輩2人のGKの方が上手いなーと思っていたのですが、期待してくれていたのか、開幕戦以降も出させてもらっていました。最終的に2位でプリンスリーグ1部に昇格しました。それでもGKとして伸びている実感はまだなかったのですが、昨年、高3になってようやく自信が付きました。GKコーチがノブさん(武田亘弘)になったことが大きかったです。ノブさんは人に言うタイプではないので、いい意味でほったらかしてくれる。それが自分に合ったのか、めちゃくちゃ成長できました。ミスしても自分で考えて、聞けばアドバイスしてくれました。ただ、高3ではプリンスリーグ開幕戦の前日にジムでケガをして(足を踏み外して捻ったとか、しょうもないケガで…)、金(晃正)監督にめちゃめちゃ怒られました。完治に1ヶ月ぐらいかかったのですが、復帰した試合で調子が良くて、そこからは出るようになりました。昨年は高3になる前にトップチームのタイキャンプにも連れていってもらいました。ジンさん、(福井)光輝くん、(上林)豪くんのいいところを盗んでU-18に持ち帰ろうという意識で練習していました。GKとして自分の武器は手足の長さを生かしたセービングです。昨年8月にトップチーム昇格が決まりました。U-15に入った頃は自信もなかったですし、プロになりたいということは考えていなかったです。とにかく自分のレベルを上げることに必死でした。他の進路も含め、強化部の方と話をさせてもらった上で、トップ昇格させていただくことになりました。


-プロ以降-

トップ昇格1年目、先輩GKの皆さんはお手本になる方ばかりですし、盗めることはたくさんあります。ただ、自分も百年構想リーグの半年間は、これまでで一番成長できたと自信を持って言えますし、試合に出ればやれる自信もあります。3月にはオランダのアルメレ・シティに練習参加もしましたが、そこで得たことも大きかったです。今シーズンはGKのメンバーも入れ替わりましたが、監督も代わり、競争もまたイチから始まると思うので、僕は僕の特長を出してアピールしていきたいです。体格的には恵まれているので、「手足の長さを生かしたセーブと言えばイシボウ」と言ってもらえるように、アカデミーの後輩にも、「イシボウ選手のようになりたい」と思ってもらえる存在になりたいです。トップチームで活躍して、サポーターの皆さんにも、「イシボウ選手を見に行きたい」と思ってもらえるように、自分という存在をもっと広めていきたいです。


CAREER
経歴

大阪フットボールクラブ→中泉尾JSC→セレッソ大阪U-15→セレッソ大阪U-18→セレッソ大阪(2種登録)→セレッソ大阪