田中 隼人
3
DF

TANAKA Hayato

田中 隼人
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  • 年齢22
  • リーグ戦
    総出場試合数
    -

PROFILE
プロフィール

  • 名前田中 隼人(タナカ ハヤト)
  • 生年月日2003/10/31(22歳)
  • 出身地千葉県
  • 身長/体重188cm / 82kg
  • ポジションDF

PLAYER'S HISTORY
インタビュー

<2026年3月30日更新>

-幼少期-

サッカーを始めたのは幼稚園の年中、5歳ですね。幼稚園にスポーツクラブがあって、月曜は体操、火曜は鉄棒、水曜はマット運動、木曜はサッカー、みたいな感じでスポーツをするクラブで、そこに仲の良い友達と入って、初めてサッカーもやりました。ちなみに、父が野球、母がバトミントン、姉がバレーボールと、家族はみんなスポーツをやっていました。父とキャッチボールもしていましたね。父は野球をやって欲しかったようです(笑)。ただ、小6でサッカーの県トレセンにも選ばれるようになって、「仕方ないか」と思ってくれたみたいです(笑)。


小学1年生からミナトSCという地元の鎌ヶ谷にあるクラブチームに入りました。幼稚園で一緒にやっていた友達がミナトSCに行ったことがきっかけです。1年生から3年生まではスクールで、練習というよりフットサルコートで楽しくミニゲームをやっていました。4年生からはミナトSCの選手コースになって、ちゃんとポジションもあって、大会にも出るようになりました。最初、コーチからポジションを言われた時に、「田中くん、センターやって」って言われたんですよ。センターフォワードだと思い、前に行ったら、「センターバックだよ」と。そこで、「えっ?」ってなった記憶は今でも残っています(笑)。1年生から3年生まではミニゲームでも点を決める子どもだったので、4年生になってもFWをしたかったので、ショックを受けたことを覚えています(笑)。当時から身長が高くて左利きだったので、センターバックにされたのだと思います。そこから6年生まで、ボランチをやることもありましたが、ほぼセンターバックでした。県トレセンにもセンターバックで選ばれました。鎌ヶ谷市は柏市と近く、レイソルのホームタウンだったのですが、小6のとき、レイソルのグラウンドで柏市選抜、松戸市選抜、鎌ヶ谷市選抜が試合をする大会があって、鎌ヶ谷市選抜から何人か県トレセンの選考会に行くことになって、僕も行ったのですが、そこでレイソルのスカウトの方に見てもらい、6年生でレイソルのU-15の練習参加に行くことになりました。レベルは高過ぎました。毎週金曜に行かせてもらっていたのですが、「行きたくない」という思いもありました(苦笑)。元々、体を動かすためにサッカーをやるぐらいの始まりだったので、プロになることはこの時点では全く考えていなかったんです。柏レイソルの存在もそれまで知らなかったのですが、練習参加したときに初めてプロの試合を見て、「なんだ、この世界は!」という。「これがプロだよ」と教えてもらいました。中学でもミナトSCにそのまま上がろうと思っていたのですが、レイソルのスタッフに「お前はプロになれるぞ」と声を掛けてもらい、U-15に入ることになりました。そこからはサッカーに対する考え方も変わって、プロサッカー選手を目指す気持ちが湧いてきました。


-中学~高校-

柏レイソルのU-15に入って、火、水、金に練習、土日は主に試合という日々になりました。“止めて・蹴る”の練習をずっとやっていました。元々、キックには自信があったのですが、その自信を覆されました。中1は中1の大会だったので、試合には出ていたのですが、上には上がいる、とレベルの差を感じました。ただ、中2で1つ上の学年に呼んでもらって、少し自信が付いて、中3になってU-15の日本代表に選ばれて、さらに自信が付きました。僕が選ばれたのは中3になって2回目の活動だったのですが、1回目はチームメイトの真家(英嵩選手)が選ばれて、僕は選ばれず。僕も自信はあったので、選ばれなかったことに悔しさがありました。それでも次の機会で選ばれたので、自信が付きました。フランス遠征では、ピピくん(中井卓大選手)と同部屋になって、緊張したことを覚えています。中3ではチームでキャプテンもやらせてもらい、成長できた1年でした。クラブユース選手権ではベスト8でセレッソ大阪U-15に負けたのですが、東西で分かれるメニコンカップのメンバーに選ばれて、そこでもっと自信が付きました。サッカー人生を振り返っても、中3は充実していました。


高校では高体連に行きたい気持ちは少しあったのですが、レイソルのスタッフと面談して、U-18に上がることになりました。1年生では初めて試合に出られない経験をしました。1年から「Aチームのベンチには入れるだろう」という自信はあったのですが、プレミアリーグEASTでは1試合もベンチに入れませんでした。ずっとBチームで千葉県2部リーグを戦っていました。Aチームで練習して、週末はBチームで試合に出る日々。個の能力を上げる1年でした。高2の2020年はコロナ禍で半年間、活動が無くなりました。後半はプレミア関東という地域でまとめられる形となり、リーグ戦も7試合だけでした。その大会はほぼ全部出ることができましたが、高2は代表の活動もなく、あまり印象に残っていません。10月に2種登録されたのですが、コロナでトップチームのメンバーが足りないという事情でした。佐々木雅士選手や田村蒼生選手ら、3年生が数名と、2年生では僕とGKの選手が2種登録しました。高2の終わりで初めてトップチームの練習にも参加しましたが、このときはまだトップチームに昇格できるか分かりませんでした。大学に進学することも考えながら、トップチームの昇格も目指す思いで高校3年に進学しました。その中で、4月のルヴァンカップの湘南戦でトップチームデビューすることになったんです。この試合はめっちゃ覚えています。プレミアリーグEASTの開幕3試合目、アウェイの大宮戦に勝った試合後、ユースの監督に呼ばれて、「明日から2週間、トップチームの練習に行くぞ」と。これだけ長い期間、トップの練習に参加することは初めてでした。大宮戦が日曜日で、水曜日にルヴァンカップがあったので、「もしかしたら試合に出るかも知れないぞ」とユースの監督にも言われて。ヤマさん(山下達也)がコロナかインフルに罹ってしまい、CBが足りないと。それで自分が呼ばれた形でした。「まさか」という気持ちと、「やるしかない」という気持ちでした。試合は先制して、85分ぐらいに追い付かれて1-1で終わったのですが、結構、特長を出せました。この経験で、「プロになれる」という謎な自信が生まれました(笑)。自分が3バックの真ん中で、左に古賀太陽選手、右が川口尚紀選手。前には江坂(任)選手や呉屋(大翔)選手もいて、緊張しました。古賀選手からは、「自分のプレーを出せばいいから」と言ってもらって安心しました。古賀選手は僕が中1の時の高3で、ずっとお手本にしていた選手だったので、そのような選手とデビュー戦で一緒にプレーできたことは嬉しかったです。トップチームでは3試合に出て、その後はU-18に戻ってプレミアリーグに出ました。一度、トップチームでプレーしたことで自信が付いたので、高校に戻ってからは余裕をもってプレーできました。トップチームの基準をもちながら、よりプロを意識してプレーしていました。10月にトップ昇格の内定をもらいます。両親は喜んでくれました。柏のアカデミーに入った中1の時点では、まさかプロになれるとは思っていませんでしたが、気付いたらプロになっていたという感じです。環境のおかげです。練習が終わったらトップチームの選手と同じシャワーを浴びて、同じ食堂でご飯を食べる。食堂にはトップチームの若手も来るので、古賀選手とか憧れの存在が目の前にいる。レイソルは敷地が一つしかなく、トップチームとアカデミーの練習場が真横なので、練習も見れますし、レイソルのアカデミー出身選手はレイソル愛が強いと思います。中学時代も毎週、スタジアムでトップの試合を見ていました。(中村)航輔くんが清武(弘嗣)選手のシュートを止めたシーンはスタジアムで見て衝撃を受けました。今、セレッソでチームメイトになっていることが不思議な感覚です。


-プロ以降-

プロ1年目の2022年は正直、萎縮してしまいました。試合にも古賀選手がコロナになった代わりの4試合しか出ていません。ただ、J1のリーグデビューの神戸戦で勝てたんです。いきなり大迫(勇也)選手とのマッチアップで緊張しましたが、1-0で勝てました。その次のアウェイ京都戦でも勝ちました。そこから古賀選手が戻ってきて出られなくなりましたが、そもそも1年目は出られないだろうと思っていたので、4試合も出られた、という感覚もありました。1年目で印象に残っているのは、ホームのFC東京戦です。3-6で負けたのですが、もっと基準を上げないといけないと思い知らされた試合でした。アダイウトン選手とのマッチアップで衝撃を受けました。2年目は期待された年で、20番をもらったんです。レイソルの20番は偉大な選手が付ける番号で、これまでにもホン ミョンボさん、中谷進之介くん、茨田くん(茨田陽生選手)らが付けていました。ただ、2年目もあまり試合に出ることはできませんでした。この年はU-20ワールドカップがありました。楽しかったですし、グループステージの3試合全部に出ましたが、「もっと上に行けた」という思いがありました。このチームには北野颯太と春名竜聖、髙橋仁胡がいました。3人とも年下でしたが、特に颯太と仁胡は年上がいても緊張せずに伸び伸びプレーして、ピッチ外でも全く物怖じしていなかったので、凄いなと(笑)。プロ3年目はV・ファーレン長崎に期限付き移籍します。自分自身、この年は外に出て試合に出たい思いもありましたし、井原(正巳)監督にも相談したら、「どのカテゴリーでも試合に出た方がいい」と言っていただきました。長崎の監督が下平(隆宏)さんで、「左利きのセンターバックが欲しい」ということで、強化部を通じて話をいただきました。この年はJ2で全試合に出させてもらいました。体はきつかったですが、毎週、試合に向けて準備できることは楽しかったですし、やりがいを感じました。やっとサッカー選手として生きている、という実感が湧きました。プロとして一番の転機になりました。下平さんはとにかく筋トレが好き(笑)。練習が終わったら、まず監督がジムに行くんです。僕は体が重くなると思い、筋トレは避けていたのですが、シモさんに怒られて筋トレの指導もしていただきました。そのおかげで体も大きくなりました。昇格争いの緊張感も含め、全てが充実した1年でした。ただ、J1昇格プレーオフでは準決勝でもっくん(中島元彦)のいる仙台にやられました(苦笑)。仙台にはリーグ戦も1分1敗と相性が悪かったんです。翌年、昨シーズンは柏に戻りました。海外の話もあったのですが、柏の監督がリカルド(ロドリゲス監督)になって、直接、話をもらったことが大きかったです。開幕して3試合で杉岡(大暉)選手がケガをして、そこからチャンスをもらって15試合に出ました。昨季の柏は右肩上がりの攻撃的なサッカーをしていて、3CBの右の原田(亘)くんが上がって、真ん中の古賀選手と僕でリスク管理をしていました。ただ、途中から「左(CB)もどんどん上がっていこう」という戦い方になり、そうなると、より攻撃的な選手が3CBの左を務めることになり、僕はメンバーから外れました。ただ、リカルドはメンバー外の選手にも声を掛けてくれますし、やる気が無くなることは全くなかったです。最後の方は出られなかったですが、自分の課題と向き合う1年になりました。それまでの僕は足元で止めて蹴るプレーをしていたのですが、昨年はワンタッチ目で交わすことや、運んで自分でパスコースを作ること、最初のタッチにこだわることを学びました。原田選手や古賀選手は、相手が来たら絶対に足元で止めません。前への選択肢を持っています。そこが2人と自分との違いで、一つ目のタッチで前を向くプレーを学びました。そこは今年も求めていきたいです。


今年もレイソルでプレーする考えもありましたが、4バックの左センターバックでプレーしたい気持ちがありました。そうしたらセレッソから話をいただいて、ボス(アーサー パパス監督)のサッカーもやってみたいと思ったので、移籍を決めました。実際に練習していても楽しいです。メニューも初めてやる練習が多いので、自分の中に色々なサッカー観を取り入れることができています。雰囲気としては、長崎も馴染みやすかったですが、長崎はベテランの選手が多く、ベテランの選手がチームの雰囲気を作っていました。セレッソは同世代が多く、ノリも若い(笑)。その分、喋りやすいです。大ベテランの選手たちも馴染みやすい雰囲気を作ってくれますし、前向きにやれています。スタッフや強化部、ファン・サポーターの皆さんに認めてもらえるプレーをしたいです。(大畑)歩夢くんを見ても、半年でファン・サポーターの皆さんから愛されています。凄いなと思うので、僕も信頼を得て、少しでもセレッソで愛される選手になりたいです。昨年はあと一歩でタイトルを逃したので、セレッソでタイトルを獲りたいです。


CAREER
経歴

ミナト SC→柏レイソル U-15→柏レイソル U-18→柏レイソル※2種登録→柏レイソル→V・ファーレン長崎 ※育成型期限付き移籍→柏レイソル

NATIONAL TEAM HISTORY
代表歴

U-15日本代表、U-18日本代表、U-19日本代表、U-20日本代表

PERSONALITYパーソナリティー

  • 1 ニックネーム

    タナ、タナハヤ
  • 2 利き足

    左足
  • 3 足のサイズ(cm)

    28.0
  • 4 背番号へのこだわり

    ないです
  • 5 スパイクのこだわり

    フィット感
  • 6 試合前に必ずすること

    ラムネを食べる
  • 7 自分のプレーの特徴

    左足のキック、ビルドアップ
  • 8 遠征に必ず持っていくもの

    iPad
  • 9 オフの過ごし方

    ドライブ、ドッグラン
  • 10 ストレス解消法

    美味しいものを食べる
  • 11 サッカーを始めたきっかけ

    友達に誘われて
  • 12 仲の良い選手/理由

    菊地脩太/気が合う
  • 13 チームメイトの意外な一面:選手名

    中村航輔選手/食事を果物から食べてて驚き
  • 14 憧れの選手

    中山雄太選手
  • 15 サッカーで一番大切にしていること

    100%でやる
  • 16 今までで一番嬉しかった試合

    デビュー戦
  • 17 今までで一番悔しかった試合

    1年目のFC東京戦
  • 18 もしサッカー選手じゃなかったら

    消防士になりたいです
  • 19 あなたにとってサッカーとは

    挑戦
  • 20 今季の目標(サッカー目標)

    J1初ゴール
  • 21 セレッソ大阪の好きなところ

    みんな明るい
  • 22 セレッソ大阪のイメージ

    ピンク
  • 23 ヨドコウ桜スタジアムの好きなところ

    ピンクに染まってるとこ
  • 24 どんな応援をされると嬉しい?

    自分のチャント
  • 25 おすすめの地元飯

    とんちゃんらーめん
  • 26 趣味・マイブーム

    サウナ、ドライブ
  • 27 自分の性格を一言で!

    暗い
  • 28 自分を動物に例えると

    ロバ
  • 29 生きていて1番ワクワクする瞬間

    初めて行くご飯屋さん
  • 30 座右の銘、好きな言葉

    謙虚に貪欲に
  • 31 初めての給料の使い道

    教習所
  • 32 好きな芸能人/アーティスト/芸人(男性)

    平井大
  • 33 好きな女性のタイプ

    明るくてご飯が美味しい
  • 34 好きなアニメ/マンガ/ゲーム

    キングダム
  • 35 好きな季節/理由

    秋/過ごしやすい
  • 36 好きな音楽のジャンル

    ヒップホップ
  • 37 好きな食べ物

    ロールキャベツ
  • 38 苦手な食べ物

    ピーマン
  • 39 この世で一番好きなもの

    家族
  • 40 この世で一番怖いもの

    素走り
  • 41 今一番会ってみたい人

    平井大
  • 42 今一番欲しいもの

    ソファ
  • 43 最近のうれしかった出来事を教えてください

    大阪に来た日にセレッソサポーターから声wp掛けてもらったこと
  • 44 今季の目標(プライベート)

    犬の甘噛みを治す
  • 45 子どもの頃にやっていてよかったなと思うこと

    習字
  • 46 ほっとする瞬間

    家の鍵閉め忘れたと思っていたけどしっかり閉まってた時
  • 47 日常生活で「自分がサッカー選手だな」と感じる瞬間

    ボールが目の前に来たら蹴ってしまう
  • 48 旅行に行くならどこに行きたい?

    ヨーロッパ
  • 49 住んでみたいところ

    スイス
  • 50 戸建派かマンション派か?

    マンション
  • 51 ファン・サポーターへ向けて一言

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