PROFILE
プロフィール
- 名前エゼモクェ チメヅェ海(2種登録)(エゼモクェ チメヅェカイ)
- 生年月日2009/04/01(17歳)
- 出身地兵庫県
- 身長/体重183cm / 82kg
- ポジションDF
PLAYER'S HISTORY
インタビュー
<2026年10月13日 更新>
-幼少期-
兵庫県西宮市出身です。父がナイジェリア人、母が日本人です。サッカーは4歳で始めました。きっかけは、3つ上の兄の影響です。兄も西宮SSでサッカーをやっていたので、練習を見に行っているうちに僕も入ることになりました。家の前の公園でも、父、兄と3人でよくボールを蹴っていました。小学校6年間、西宮SSでプレーして楽しかったです。週5か週6ぐらいでサッカーをしていたので、友達と遊ぶ時間もなかったです。遊びたかったですが、プロの選手になれた今となっては、そのとき練習していて良かったと思います。基本的に1つ上の学年に混ざってプレーしていましたが、特別、自分が上手いという意識はなかったです。個人技を中心に磨くチームだったので、練習はリフティングとコーンドリブルをずっとやっていました。技術を磨いた6年間でしたが、僕は足元が上手いタイプではなく、スピードで抜いていくタイプでした。ポジションは、左サイドハーフか左サイドバックでした。小5の時、セレッソと戦ったフジパンカップは覚えています。1-0で勝ちました。みんなもビックリしていたので、その試合は覚えています。この試合の影響かは分からないですが、中学に入るにあたって、セレッソにスカウトしてもらいました。ガンバ、ヴィッセルからもスカウトされたのですが、全チームの練習に参加してセレッソに決めました。理由は、直感です。何かが良かったのだと思います(笑)。
-中学~高校-
中学からセレッソ大阪の西U-15に入りました。周りのみんなが本当に上手かったので、自分ももっと上手くなりたいと思いました。西宮SSではサッカーを楽しむことしか考えていなかったのですが、セレッソに入ったことで、もっと上のレベルに行きたい思いが増していきました。中学で180センチを超えるぐらい身長も高く、小学生の頃はスピードに頼ってプレーしていたのですが、中学に入ってからはより細かな技術も高めながら、中3ぐらいから頭も使うようになりました。中1の時はそのまま中1の試合に出ていましたが、中2になると、中3の先輩と試合に出ていました。印象に残っている大会は夏のクラブユース選手権です。中2の時に臨んだ大会は、ラウンド32でベガルタ仙台にPK戦で負けました。3-1とリードした状況で追いつかれてPK戦で負けたので、悔しい気持ちが残っています。グループステージでは、今、鹿島アントラーズにいる吉田湊海選手とも対戦しました。当時はFC多摩ジュニアユースに所属していて、3-3で引き分けたのですが、吉田選手に2点を決められました。この試合で初めて吉田選手の存在を知ったのですが、今後トップチームで対戦することがあれば楽しみです。中3で臨んだクラブユース選手権はもっと印象深いです。ラウンド32では長南開史選手がいた柏レイソルU-15と対戦して3-0で勝ちました。こんな大差で勝てるとは思っていなかったですし、自分も2点目を決めたので、めっちゃ思い出に残っています。ただ、次のラウンド16ではFC東京U-15むさしと対戦して、北原槙選手に2点を決められて0-3で負けて、ベスト16で敗退しました。北原選手に利き足ではない足の方でハーフェーライン付近から決められたので、本当にビックリしました(苦笑)。中学3年間も指導者の方やチームメイトに恵まれてサッカーはずっと楽しかったです。特に当時の監督の小林大輔さんには中2、中3と指導していただいて、本当にお世話になったのでとても感謝しています。
高校はそのままセレッソ大阪U-18に昇格します。高校に上がると、技術的にも頭脳的にもさらにレベルは高くなり、身体能力だけでは通用しないと感じました。1年生の時、プリンスリーグで3年生の試合に出させてもらうこともありましたが、あまり良いプレーはできませんでした。金(晃正)監督や小畠(大輝)コーチにもアドバイスをいただきながら、練習後に自主練もやって、自分に足りないところを高めていくことで、高1の最後の方は少しずつ馴染んで自分のプレーも出せるようになりました。ポジションは4-4-2の左サイドバックでした。高1の4月30日に初めてトップチームの練習に参加しました。当時、練習参加した感想を金監督に送っていたのですが、「強度の高いプレッシャーを受けて、焦ってミスしてしまうことが多かったです。まだまだ自分に足りないモノが見えてきました」という言葉がメモに残っていました(笑)。今年の2月にはトップチームの宮崎キャンプにも参加しました。練習試合にも出させてもらい、少しは自分の良さを出せたので自信になりました。高2になって、今年の5月、サウジアラビアで行われたU-17アジアカップで優勝したことはとても嬉しかったです。ウズベキスタンとの準決勝では自分がPKを与えて失点してしまい、頭が真っ白になりました。でも監督(小野信義監督)が最後まで使ってくれたおかげで後半アディショナルタイムに同点ゴールを決めることができました。触ったか触ってないか分からないようなゴールでしたが(笑)。PK戦でもGKが止めてくれて勝てたので、ホッとしました。中国との決勝は後半の途中から出て3-2で勝ちました。優勝できたことは本当に良い経験になりました。ポジションは3バックの左と左ウイングバックでプレーしました。今年はチーム(セレッソ)も3バックになったので、代表と同じになったことはプラスに考えています。11月にカタールで行われるU-17ワールドカップにも選ばれるように頑張ります。
今年の6月にプロ契約してもらいました。期待されてもらっていることは感じているので、その期待に応えたいです。プロサッカー選手になりたい思いはサッカーを始めた頃からありました。セレッソのアカデミーに入ってからは、セレッソでプロになりたいと思うようになりました。トップチームの強度は高いですが、必死に食らい付いて、今シーズン中にJ1デビューすることが目標です。いつチャンスが来てもいいように準備しています。苦しい時期もあると思いますが、乗り越えて成長したいです。セレッソで活躍して、将来は日本代表に選ばれてワールドカップに出ることが目標です。
CAREER
経歴
NATIONAL TEAM HISTORY
代表歴
PERSONALITYパーソナリティー
1 ニックネーム
メヅェ2 利き足
左足3 足のサイズ
29.54 スパイクのこだわり
足にどれだけフィットするか5 試合前に必ずすること
アミノバイタルを飲む6 自分のプレーの特徴
縦の推進力と対人7 遠征に必ず持っていくもの
スピーカー8 オフの過ごし方
一人でゆっくりする9 ストレス解消法
一人の時間をつくる10 サッカーを始めたきっかけ
お兄ちゃんがやっていた11 仲の良い選手/理由
イシボウ拳/共通点が多い12 憧れの選手
マルセロ13 サッカーで一番大切にしていること
楽しむ14 今までで一番嬉しかった試合
u17アジアカップ決勝日本vs中国15 今までで1番悔しかった試合
u15日本代表クロアチア遠征 日本vsアメリカ16 もしサッカー選手じゃなかったら
CA17 あなたにとってサッカーとは
人生の生き甲斐18 今季の目標(サッカー目標)
スタメン出場19 セレッソ大阪の好きなところ
桜のピンク色20 セレッソ大阪のイメージ
選手もサポーターもサッカーに対して熱い21 YANMAR HANASAKA STADIUMの好きなところ
選手とサポーターの距離が近い22 どんな応援をされると嬉しい?
応援歌23 おすすめの地元飯
トマトシチュー24 趣味・マイブーム
音楽25 自分の性格を一言で
笑う26 自分を動物に例えると
ゾウ27 生きていて1番ワクワクする瞬間
サッカーしてるとき28 座右の銘、好きな言葉
死ぬこと以外かすり傷29 初めての給料の使い道
好きなものを買う30 好きな女性のタイプ
優しいひと31 好きなアニメ/マンガ/ゲーム
ヒロアカ32 好きな季節/理由
春/自分が生まれた33 好きな食べ物
オムライス34 この世で一番好きなもの
自分35 この世で一番怖いもの
過信36 今一番会ってみたい人
リオネルメッシ37 今一番欲しいもの
免許38 今季の目標(プライベート)
規則正しい生活39 子どもの頃にやっていてよかったなと思うこと
バスケット40 学生時代に得意だった科目
体育41 ほっとする瞬間
国語の授業で、教科書を読む順番が回ってこなかったとき42 日常生活でサッカー選手だと感じる瞬間
丸いものがあれば蹴りたくなる43 旅行に行くならどこへ行きたい
アメリカ44 住んでみたいところ
北海道45 戸建派かマンション派か
戸建46 ファン・サポーターへひと言
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