PROFILE
プロフィール
- 名前櫻川 ソロモン(サクラガワ ソロモン)
- 生年月日2001/08/03(25歳)
- 出身地千葉県
- 身長/体重191cm / 94kg
- ポジションFW
PLAYER'S HISTORY
インタビュー
<2026年4月10日 更新>
-幼少期-
名前の由来は、「ソロモン王のように賢く、人から好かれるような人間になってほしい」ということで、両親に付けてもらいました。小学校に入る前は、野球、テニス、水泳など色んなスポーツを体験して、その中でサッカーが一番やっていて楽しかったので、サッカーを始めました。父もサッカーが好きだったので、そこも一致しました。小学校1年生から6年生までJSC CHIBAというクラブに入りました。地元にあったことが大きかったです。「戦術より個人技」というのが指導方針で、パスよりドリブル主体のチームでした。練習は厳しかったですが、今、思えば良かったと思います。遠征が多かったことも印象に残っています。富山に行ったり、大阪に行ったり、バスで遠征して色んなチームと試合をするタフなクラブでした。全国大会にも出るぐらい強かったです。同じ学年に30人ほどいて、競争もありました。名古屋の内田宅哉選手や清水の郡司璃来選手など、プロになった選手もいます。ポジションはずっとFWです。中学生以降も他のポジションはやったことがありません。
-中学~高校-
中学はスカウトされてジェフ千葉のU-15に入りました。柏レイソルのセレクションも受けて受かったのですが、通うのが遠かったので、ジェフに入りました。ジェフのU-15では、頭を使ったサッカーを学びました。フィジカルで押し込むより、ボールを回してビルドアップしながら、というスタイルでした。自分自身、当時は何か強みを持っているわけでもなかったですし、プレーも粗削りだったので、とりあえず必死にやって技術を伸ばしていました、永田雅人さんや坂本將貴さん、指導者にも恵まれて、相手を立ち位置ではがしたり、懐の使い方も含め、“サッカー”を教わりました。中1ではあまり試合に出ることはできなかったのですが、中2からは出るようになりました。この年がキャリアの分岐点になりました。一つ上の学年に混ざって試合に出て点も取れたので、感覚が磨かれていきました。中3では、夏にU-15 Jリーグ選抜として行ったブラジル遠征が印象に残っています。フルミネンセやクルゼイロなど強豪クラブと対戦したのですが、味方のメンバーが強烈で、斉藤光毅、西川潤、山本理仁、半田陸らがいて、その上手さに衝撃を受けました。(奥田)勇斗もいました。
高校ではジェフ千葉U-18に進みます。高3のAチームの監督が江尻(篤彦)さんで、自分が1年生の頃から試合に使ってくれました。足りない所もたくさんあったのですが、期待を込めて使ってくれたのだと思います。恩師ですね。プリンスリーグの試合にも出て、少しずつレベルが上がっていった感覚がありました。高校3年間でプレースタイルがだいぶ形作られていきました。中学までは自分の形と言えるモノはなかったのですが、高校時代は体格を生かしたポストプレーでリズムを作ったり、高1で180センチを越えていたので高さを生かすプレーも武器になっていきました。高2から年代別代表の活動にも呼ばれるようになって、そこでチームメイトを見て学ぶことも多かったです。同い年の栗原 イブラヒム ジュニア選手やブラウン ノア 賢信選手など、大きくて能力が高い選手がいて、僕とプレースタイルが似ていたので、そういう選手に勝ちたいと思って成長できた部分もあります。コンスタントに年代別代表に選ばれ始めてから、よりプロサッカー選手になりたい思いも強くなっていきました。高3の頃は自分の代だけではなく、飛び級で上の年代別代表にも入りました。一つ上には宮代大聖選手、平川怜選手、中村敬斗選手、菅原由勢選手、鈴木冬一選手、東俊希選手ら凄い選手ばかりいて、さらに刺激を受けました。トップチームには、高1の終わり、高2になる前のキャンプに呼んでもらいました。当時は(フアン)エスナイデル監督で、気にかけてもらっていました。FWでは船山貴之選手、ラリベイ選手が凄かったです。タメくん(為田大貴)もいました。僕は高1でしたが、物怖じすることなく、楽しかった印象が残っています。早くトップチームで試合に出たい、という思いがどんどん強くなっていきました。ジェフのアカデミー時代を振り返ると、環境としてプロが身近にあり、指導者にも恵まれて、素晴らしい6年間でした。プロ1年目が始まる前、高3の1月にスペインのセルタのU-19の練習に参加して、Bチームで契約できる方向になったのですが、そのタイミングでコロナ禍になり、帰国せざるを得なくなりました。結局、契約も白紙になりました。キャリアの分かれ道でしたね。当時は2学年上の年代別代表にも入るぐらいノリノリだったので、そのまま契約してスペインでプレーしていたらどうなっていたのかな、という思いもあります。ただ、高卒ですぐ海外に行く怖さもありましたし、日本で活躍してから、という考えもあったので、状況を素直に受け入れる気持ちもありました。
-プロ以降-
2020年の7月、中断明けの初戦となったツエーゲン金沢戦でプロデビューしました。先発で出て初ゴールも決めました。監督がユン(ジョンファン)さんで、3年間、ユンさんに指導してもらいました。僕に掛けてくれた期待も大きい分、厳しかったですが、愛があって、めっちゃ好きな監督さんでした。(杉本)健勇くんの話も聞いていました。先輩にも素晴らしい選手がたくさんいて、佐藤寿人さんは練習でもシュート1本1本に人一倍こだわっていたので、「こういう選手がプロで点を取り続けるんだな」と思いました。川又堅碁さんも好きな選手だったので、一緒にプレーできて楽しかったですし、試合を見ながら学んでいました。1年目はまだ線も細かったので、相手を背負うというより、背後も狙いながらのプレーでした。2年目になって先発で出る機会も増えて自信も付き始め、3年目でJ2リーグ36試合に出て7ゴールを決めました。ジェフでは1年1年、少しずつ着実に成長できたのですが、年代別代表の試合では結果が出せない時期が続いて、U-22代表くらいから入れないことも増えていきました。悔しかったので、必死にやっていましたが…。(ライバルは)細谷真大選手や藤尾翔太選手でした。
プロ4年目にファジアーノ岡山へ期限付き移籍をします。J2からJ2への移籍ですし、覚悟を持って行きました。ジェフでも試合には出ていたのですが、環境を変えることでさらに成長したいと思い、そのタイミングで岡山から話もいただいて、決めました。この年はJ2リーグ29試合4ゴールという結果でしたが、出だしは順調で、ずっとスタメンで出て、最初の12試合ぐらいで4点を取れたのですが、そこから点も取れなくなって、試合に出られないことも増えていきました。木山(隆之)監督からは、「ストロングを生かしてほしい」と言われて、ヘディングやポストプレーの練習はかなりやりましたね。プロになった当初と比べると、ちょっとずつ体も大きくなっていきました。もちろん筋トレもしましたし、プロの強度に慣れる体に自然となっていったのかなと思います。FWは外国籍選手と争うことも多いので、自分のストロングを生かすための体作りは、よりこだわるようになりました。岡山時代から少しずつ、プロでも体格を生かしたプレーを発揮できるようになっていきました。
翌年は横浜FCに完全移籍します。千葉との契約も残っていたのですが、より必要とされているクラブでプレーしたいと思い、それを横浜FCから感じたので、移籍を決断しました。J2リーグで37試合に出て、J1昇格もできました。この年に、自分のストロングであるヘディングやポストプレー、自分のスタイルができ始めた手応えもありました。(コーチの中村)俊輔さんに練習や自主練でサポートしてもらうことも多く、クロスへの入り方や間合いの作り方を指導してもらいました。(中村)拓海とも途中から一緒に居残り練習をするようになり、クロスからのシュート練習を1日に50本から100本ぐらいやっていました。拓海もスタメンで出たり、出なかったり、僕と同じ状況だったので、よく話すようにもなって、一緒に試合に出るようにもなりました。拓海のサッカーセンスは凄いです。シーズンの途中でチームの形ができて負けなしの時期が続き、1位まで上り詰めたのですが、ラスト3、4試合は勝てなくて、最後は0-0で引き分けて、何とか2位で自動昇格できました。最後の試合、僕は出場停止で出られなかったので上から見ていたのですが、嬉しかったです。昨年は自分自身、初めてJ1を戦いましたが、やっぱりJ2とは全く違いました。選手個々のクオリティーが違いました。戦い方としても現実的な戦い方になり、自分が長いボールをいかに収めるか。それで戦況が変わる部分もあったので、J1のCBを相手に何とか収めようとすることで、成長できたと思います。昨年はセレッソ戦で活躍できました(笑)。試合後にアーサー パパス監督にも声を掛けてもらいました。そこからセレッソのことも気にするようになりました(笑)。昨年はJ2降格という結果に終わってしまったのですが、横浜FCの2年間は自分のキャリアにとって大きな2シーズンになりました。
今シーズンを迎えるにあたり、選択肢は他にもあったのですが、パパス監督のもとでやりたい気持ちが強かったので、セレッソ加入を決めました。もっくん(中島元彦)と(喜田)陽は年代別代表で一緒にやったこともありましたが、歳が近い選手が多く、先輩もコミュニケーションを取りやすい方ばかり。雰囲気が良かったので、チームには入り易かったです。人と話すことは好きなので、ロッカーでは僕が一番、話しています(笑)。日々の練習にしっかり取り組むことはもちろんですが、プレーの質を上げるためにはピッチ外で何をするかが大事だと思っています。サッカーしていない時間の方が長いので、その時間でどれだけ自分に目を向けられるか。その時間の使い方次第で、伸びる、伸びないの差も出てくると思います。(香川)真司さんに勧められてパーソナルトレーニングにも行き始めました。真司さんも知っているトレーナーの方で、健勇くんに紹介してもらいました。セレッソでの目標はタイトルを獲ることです。そのために自分がどれだけ点を取れるか。個人の結果にもこだわっていきたいです。選手としてのキャリアはここからだと思っています。今24歳ですが、大きい選手はここから。これまでの経験も糧に、もっともっと自分の形を作って、さらに成長していきたいです。
