【追加】パウロ エミリオ氏の訃報に接し お悔やみの言葉

1994年から1996年5月までセレッソ大阪初代監督として尽力されたパウロ エミリオ フロッサルド ジョルジ氏が5月16日夕刻(ブラジル)にリンパ腫により逝去されました。
ここに故人の生前のご功績を偲ぶとともに、謹んでお悔やみ申し上げます。




セレッソ大阪在籍時のパウロ エミリオ氏





パウロ エミリオ(パウロ エミリオ フロッサルド ジョルジ)氏
1936年1月3日 ブラジル・ミナスジェライス州生まれ
1994年~1996年5月 セレッソ大阪監督
1994年JFLで優勝しJリーグ昇格を果たし、天皇杯で決勝に進出するなどセレッソ大阪で功績を残している
【玉田稔社長 コメント】
「大変懐かしい名前をこのような事で聞き本当に残念に思います。セレッソとして初めて臨んだ1994年のJFLでは『チームはファミリー』という言葉でクラブ、チームが一丸となって優勝を果たし、Jリーグ昇格を決めたことがつい先日のように思い起こされます。天皇杯の決勝までの大躍進も良い思い出ですが、エミリオ監督のためにも何としてもJ1昇格に向けて一丸となって戦うことが大切です。ご冥福をお祈りいたします。エミリオさんありがとうございました!」


【森島寛晃 コメント】
「セレッソ大阪でJリーグを目指して共に戦ったパウロ エミリオさんが亡くなられたと聞き、とてもビックリし、とても残念な気持ちでいっぱいです。
今でも自分のプロキャリアを積んでいく中で、セレッソ大阪というチームができ、Jリーグを目指した忘れられないシーズンをエミリオさんと一緒に送れたことは、私の財産です。
日々、チーム一丸、『チームはファミリー』と言われ続けていた言葉は今のセレッソの原点だと思っています。
私も、あのシーズンを送る中で日々目標に向かってプレーし、またシーズンを通して得点への意識を一段と持つことの大切さを学びました。その後の日本代表へのチャンスにつながっていったことは今でも忘れられません。
そんな、そんなエミリオさんが亡くなられたとお聞きしてとても残念でなりません。
ブラジルに行ったときにまた再会を出来ることをいつも楽しみにしていたのですが、お会いできなくてとても寂しい限りです。
サッカー人としてサッカー界にたくさんの功績を収められたエミリオさんのご冥福を心よりお祈りいたします」