金本 毅騎
39
FW

KANEMOTO Wigi

金本 毅騎
前のプレーヤーへ次のプレーヤーへ
  • 年齢21
  • リーグ戦
    総出場試合数
    0

PROFILE
プロフィール

  • 名前金本 毅騎(カネモト ウィギ)
  • 生年月日2004/07/29(21歳)
  • 出身地兵庫県
  • 身長/体重184cm / 80kg
  • ポジションFW

PLAYER'S HISTORY
インタビュー

<2026年4月10日 更新>
-幼少期-

サッカーを始めたきっかけは、10歳上の兄がやっていたからです。おもちゃのボールで1歳ぐらいから蹴っていたみたいです。あまり記憶はないですが(苦笑)。3歳でスクールに入り、小学校に入る前には、兄が入っていたエスペランサというチームでもプレーしていました。本当は小学生からのチームなのですが、当時から体が大きかったので、コーチに「試合に出てもいいよ」と言われて小学校1年生の試合に出たりもしていました。そこで点を取れたので、サッカーが楽しくなりました。そのまま小学生ではエスペランサに入る予定だったのですが、仲の良い友達がみんな入った江井ヶ島イレブンに自分も入りました。小4の時に兵庫県大会で2位になって、関西大会に出ました。同学年に3人プロがいます。一人はセレッソでも同期の春名竜聖で、もう一人は女子の林愛花(まなか)。JFAアカデミー福島からINAC神戸レオネッサに入って、今はアメリカでプレーしています。竜聖は、当時はフィールドプレーヤーでした。PKの時だけGKをやっていました。運動神経が抜群で、どのポジションもできる感じでした。僕のポジションはワントップで、点を取ることが楽しかったです。父がFWをさせたかったのか、小さい頃からずっとシュート練習をしていました。自分も点を取ることが好きだったので、FWでのプレーが楽しかったです。小6でセンアーノ神戸に入りました。元々、江井ヶ島イレブンと並行して小3ぐらいからセンアーノのスクールにも通っていたのですが、それが楽しかったので、センアーノでやりたいと思っていたんです。小4で入った県トレにセンアーノの子もいて、その子たちにも「センアーノでやりたい」と言っていたら、監督に呼んでもらって小6で入れることになりました。センアーノでは、バーモントカップ(フットサル)と全日本少年サッカー大会で両方優勝しました。でも僕はどっちもベンチで、試合には出ていません(苦笑)。スタメンは全員、セレッソやガンバ、ヴィッセルなどJクラブのジュニアユースに行くような子たちでした。プロになったのは、平賀大空(そら)と(冨永)虹七(にいな)です。大空は5年生までセンアーノにいて、僕とは入れ違いになりました。ただ、小学校に入る前、エスペランサで少しだけ一緒にやっていました。虹七とはセンアーノで一緒にプレーしました。2人とも上手かったです。


-中学~大学-

中学からはS.C.INTERNACIONAL JAPANというクラブに入ります。経緯としては、小学校の頃にスクールに通っていたことです。他にもヴィッセルのスーパースクールにも通っていたので、小学生時代は毎日、違うスクールに行っていました(笑)。土日の試合は江井ヶ島イレブンで出ていました。指導法もそれぞれ違うので、楽しかったです。中学生になる前、ヴィッセルのU-15とセレッソの西U-15のセレクションに落ちたんです。進路に悩んでいたら、小学校時代にスクールで教わっていたインテルの若原宏昌監督が、「行くところが無いんやったら、ウチに来い。3年間でプロまでさせたる」と熱く言って下さったので、入ることに決めました。S.C.INTERNACIONAL JAPANの練習は独特でした。ブラジル色が強く、「ボールを持ったら自分で行け」みたいな個を伸ばす指導法でした。中学の3年間は大きかったです。小6を卒業したタイミングですぐ中3の遠征にも行きました。夜中の1時に新潟へ出発して、朝に着いて、いきなり試合みたいなこともありました。自分たちはエリートではないから、「普通にやっても無理やから」みたいな(苦笑)。中1で高校生と試合もしていました。この3年間で、一人で点を取る能力は上がりました。パスでつなぐチームではなかったので、パスで逃げることができなかった。自分でやるしかない。1対1で抜いて、ゴール前まで行って、決め切る力はだいぶ付きました。個人技が磨かれた3年でした。あと、めちゃくちゃ走らされました。明石城公園の外周を走る日があって、その日はランニングシューズだけを持って練習に行きました(笑)。大会には、クラブユースも高円宮杯も関西大会に出ました。クラブユースではセレッソ大阪U-15と当たって、(北野)颯太とも対戦しました。僕が先制点を決めたのですが、そのあと2点を取られて負けました。セレッソ大阪U-18に入った経緯は、中2の秋に兵庫県の市ごとの対抗戦があって、当時のアカデミーのスカウト、金成治(ソンチ)さんに試合を見てもらい、練習に呼んでいただいたことです。中2の12月に最初に行くチャンスがあったのですが、そこはケガで行けず、次の年の春休みに行って、そこで内定をもらいました。中3も基本はインテルでの活動だったのですが、呼ばれたらセレッソU-18の試合にも出ていました。木下慎之輔、川合陽、木村誠之輔と一緒にやって、みんな上手かったです。練習生扱いではなく、色々要求してくれたので嬉しかったことを覚えています。元々、Jクラブのユースに行けるとは思っていなかったので、高校サッカーでプレーしようと思っていたんです。実際、新潟県の帝京長岡高校に決まりかけていたのですが、そのタイミングで、先ほど話した市ごとの対抗戦でセレッソにスカウトされて、セレッソのU-18に入れることになりました。


高1はコロナで前半が活動停止になり、夏ぐらいから練習が再開されました。僕は出ていないですが、スーパープリンス関西で優勝しました。当時の監督は大熊裕司さんで、大熊監督の指導を受けたことは良かったです。3年生、2年生と一緒に練習をして、スピード感に慣れることが大変でした。2学年上に(上林)豪くん、(前田)龍大くん、(近藤)蔵波くん、(新保)海鈴くん、吉田有志くん、小澤希海くんがいて、めちゃくちゃ上手かった。1学年上も(岡澤)昂星くんを筆頭に凄い選手ばかりで、最初は練習に付いていくのに必死で、何もできませんでした。10月、11月のタイミングで伸びて、そこでようやく慣れた感じです。途中で村田(一弘)さんがU-18のコーチになられたのですが、村田さんがめちゃくちゃ厳しかったです(苦笑)。1年生の時は大阪府の2部リーグで戦っていたのですが、僕らはめちゃくちゃ強かった。1年生ベースのBチームだったのですが、このチームの指揮を村田さんが執っていて、前半で6点を取っても、後半も「前から行け!」と最後までハイプレスを要求されました(苦笑)。高校1年生はコロナもありましたが、めちゃくちゃ濃い1年でした。コーチだった金(晃正)さんにもお世話になりました。恩師と言える方で、のちに進路で相談して、助けてもらうこともありました。高2は基本、プレミアリーグにスタメンで出ました。1学年上の小河詩朋くんと下川陽輝くんが化け物だったのですが、陽輝くんがケガをして、小河詩朋くんと自分が2トップを組んでいました。この年から体制がガラっと変わりました。風間(八宏)さんが技術委員長になって、初めてやる練習ばかり。それまでのユースは、シーズンの始動直後は走ることが当たり前だったのですが、素走りは一切なく、ボールを使って“止める・蹴る”をひたすらやっていました。ただ、最初はリーグで7連敗して、クラブユースを入れたら10連敗。勝てなかった要因は、スタイルの変化に慣れるまで時間が掛かったこともありましたし、下級生中心のメンバーで試合に臨んでいたこともあったと思います。3年生でずっと出ていたのは、昂星くんと(西村)昴(すばる)くんくらいでした。最後に何とか持ち直して残留できたのですが、翌年は降格してしまいます。この年も、僕ら3年生より下級生がメインで試合に出ていました。夏のクラブユースはGKコーチの相澤(貴志)さんが指揮を執って、3年生中心のメンバーで優勝できました。しかしプレミアリーグに戻るとまた勝てず、最終的に昇格プレーオフの末にプリンスリーグに降格しました。僕らの代で初めてプレミアから降格したので、悔しかったです。トップチームへの昇格も叶いませんでした。もちろん昇格したかったですが、高3では試合にも出ていなかったですし、点も1点しか取れなかったので、評価されようがない。仕方ないと思いました。「大学で活躍してトップチームに戻ろう」という決意は強くなりました。


阪南大学では1年生から試合に出させてもらいました。大学に入る前に韓国のプロのクラブのキャンプに参加して、その経験も大きかったです。まず1年生ではベンチに入ることが目標だったのですが、そのキャンプでやれたので、自信を持って大学サッカーに臨めたことが良かったと思います。2年生でリーグ優勝、MVP、得点王と活躍できました。夏の総理大臣杯にも優勝して、この大会でも4試合で4ゴールと得点王でした。高校時代から積み重ねてきたことが、このタイミングで出たのかなと思います。あと、1年生の総理大臣杯の経験もバネになりました。4年生がいる中でPKを蹴って、外して負けてしまったんです。でも先輩は誰一人文句を言わなくて、「来年やり返してくれたらいいから」と言ってくれました。この経験が2年生での爆発につながったと思います。2年の総理大臣杯で優勝した後は、前年のキャプテンにも連絡して報告しました。この総理大臣杯に出る権利が懸かった試合で、(古山)兼悟くんのいた大阪体育大学と対戦しました。兼悟くんは僕が1年の時の得点王ですし、セレッソに入ることも決まっていたので、負けたくなかった。彼を超えないと自分もセレッソに戻れないと思っていたので、勝った時は嬉しかったです。しかも後半アディショナルタイムに決勝ゴールを決めたので、今までで一番嬉しい試合になりました。


-プロ以降-

セレッソに戻りたい気持ちで大学に入学しましたが、よりプロを意識し始めたのは2年生でMVPを取ったタイミングです。そうしたら、2年生の最後の方、関西学生選抜とセレッソのステップアップリーグの試合後、セレッソの強化部の方に呼んでいただいて、「オファーを出すから」と直接、話をいただきました。最初は練習参加のオファーだと思っていたら、内定だったので、ビックリしました(笑)。家族にもすぐ電話しました。最初に父に連絡したら、喜んでくれると同時に、めっちゃビックリしていました。兄も喜んでくれましたが、「俺の方がまだ上手いから」と言っていました(笑)。U-18の同期もみんな連絡をくれました。地域は離れていますが、今でもみんな仲は良いです。翌年、大学3年生になる前にトップチームの宮崎キャンプにも参加しました。やはりトップの選手たちは上手かったですし、プレースピードに慣れるのに時間がかかりました。瞬時に判断しないとすぐに囲まれてボールを奪われる。そういう判断スピードを上げる必要性は感じましたが、大学でやってきたことが通用する手応えもありました。その後、デンソーカップで全日本大学選抜にも入りました。セレッソU-18で同期だった伊藤翼や、他にも内野航太郎、池谷銀姿郎らがいて、凄いメンバーでした。セレッソへの内定が決まって臨んだ昨年はルヴァンカップでベンチには入りましたが、基本は大学での活動でした。ただ、昨年は結果が出なかった。変にプロを意識してしまい、それが良くなかったのだと思います。途中からプロは意識しすぎず、楽に、自由にプレーしようと思い、気持ちを切り替えてからはどんどん良くなりました。大学では自由にやらせてもらったので、自分で考えてプレーする力が伸びました。言われてやるのではなく、このプレーが正しいのか、正しくないのか常に考えてプレーしていたので、それが大きかったと思います。自主練にしろ、筋トレにしろ、全部自分で必要だと思うものを取り入れてやっていたので、考える力が身に付きました。


昨年12月に日本国籍を取得しました。日本で育って、子どもの頃から日本代表の試合も見てきましたし、日本代表で活躍したい思いがあったので国籍を変えました。今年は大学4年生ですが、プロ活動に専念しています。現状は試合に出られない苦しい時期が続いていますが、今が大事だと思っています。もちろん悔しいですが、落ち込んではいません。プロの世界が甘くないことは分かっていましたし、毎日、やれることを最大限やって、少しでも1日1日、成長したいと思っています。プロになることが目標ではなく、プロで活躍することが目標なので、そこに向かって毎日サッカーに取り組んでいます。何でもできるFWになりたいです。点を取るだけではなく、チームの中心になれるようなFWを目指しています。


CAREER
経歴

江井ヶ島イレブン→センアーノ神戸→S.C.INTERNACIONAL JAPAN→セレッソ大阪U-18→阪南大学→セレッソ大阪(JFA・Jリーグ特別指定)→セレッソ大阪

PERSONALITYパーソナリティー

  • 1 ニックネーム

    うぃぎ
  • 2 利き足

    右足
  • 3 足のサイズ(cm)

    28.0
  • 4 背番号へのこだわり

    特別指定選手の時から付けていたから
  • 5 スパイクのこだわり

    蹴りやすさ
  • 6 試合前に必ずすること

    グラウンドタッチ
  • 7 自分のプレーの特徴

    シュートの決定力
  • 8 遠征に必ず持っていくもの

    スピーカー
  • 9 オフの過ごし方

    サウナ、買い物、ひたすら寝る
  • 10 ストレス解消法

    音楽聞きながら海を散歩
  • 11 サッカーを始めたきっかけ

    兄がやっていたから
  • 12 仲の良い選手/理由

    (阪田)れいや/去年のキャンプから仲良くなったから
  • 13 チームメイトの意外な一面/内容

    古山兼悟選手/色んな場面で助けてくれる
  • 14 憧れの選手

    レヴァンドフスキ
  • 15 サッカーで一番大切にしていること

    感謝の気持ち
  • 16 今までで一番嬉しかった試合

    大学2年生の時の全国大会が懸かった大体大戦
  • 17 今までで一番悔しかった試合

    インカレの国士舘大学戦
  • 18 もしサッカー選手じゃなかったら

    漁師
  • 19 あなたにとってサッカーとは

    人生
  • 20 今季の目標(サッカー目標)

    得点を取りまくる
  • 21 セレッソ大阪の好きなところ

    サポーター、ファンがあたたかいところ
  • 22 セレッソ大阪のイメージ

    かっこいい
  • 23 ヨドコウ桜スタジアムの好きなところ

    客席とピッチが近い
  • 24 どんな応援をされると嬉しい?

    応援してくれるだけで嬉しい
  • 25 おすすめの地元飯

    明石焼き
  • 26 趣味・マイブーム

    音楽聞きながらの散歩、釣り
  • 27 自分の性格を一言で!

    温厚
  • 28 自分を動物に例えると

    フクロウ
  • 29 生きていて1番ワクワクする瞬間

    試合に出ている時
  • 30 座右の銘、好きな言葉

    絶対に諦めない
  • 31 初めての給料の使い道

    車のローン
  • 32 好きな芸能人/アーティスト/芸人(男性)

    津田さん
  • 33 好きな芸能人/アーティスト/芸人(女性)

    出口夏希さん
  • 34 好きな女性のタイプ

    努力できる人
  • 35 好きなアニメ/マンガ/ゲーム

    キングダム
  • 36 好きな季節/理由

    夏/誕生日のシーズンだから
  • 37 好きな音楽のジャンル

    HIPHOP
  • 38 好きな食べ物

    寿司
  • 39 苦手な食べ物

    ゴーヤ
  • 40 この世で一番好きなもの

    人間
  • 41 この世で一番怖いもの

    幽霊
  • 42 今一番会ってみたい人

    LE SSERAFIMのチェウォン
  • 43 今一番欲しいもの

    財布
  • 44 最近のうれしかった出来事を教えてください

    車を買った
  • 45 今季の目標(プライベート)

    新生活を充実させる
  • 46 子どもの頃にやっていてよかったなと思うこと

    水泳
  • 47 学生時代に得意だった科目

    体育
  • 48 ほっとする瞬間

    布団に入る瞬間
  • 49 日常生活で「自分がサッカー選手だな」と感じる瞬間

    つい家でボールを探してしまう
  • 50 旅行に行くならどこに行きたい?

    ハワイ
  • 51 住んでみたいところ

    ハワイ
  • 52 あなたのMBTIは?

    INFJ
  • 53 戸建派かマンション派か?

    両方
  • 54 ファン・サポーターへ向けて一言

    共に戦いましょう