山口蛍選手の移籍会見について

ハノーファー96に移籍することになりました山口蛍選手の移籍会見を本日行いましたので、内容をお知らせいたします。
■玉田稔 代表取締役社長
みなさん、こんにちは。ちょっと遅めの時間で、雨の降っているなか、山口選手の移籍会見にお越しいただき、ありがとうございます。詳しいことは、大熊(強化)部長なり、(山口選手)本人から話があると思いますが、私自身、(状況の)整理のために振り返ってみましたら、2003年にU-15チームでセレッソに加わっていただき、そのあと06年にU-18、09年から今年までトップチームで活躍いただいたということで、合計しますと(セレッソでの在籍期間は)12年間になります。どういうつもりで送り出すのかなということを考えていましたとき、12年間と言いますと、学校に例えましたら、中学、高校、大学、大学院と(あわせて同じ年数で)、今の人たちはだいたい大学院を出て社会に就職していっていますが、そんなイメージで、彼がセレッソ大阪という一貫校から、大きく社会へ、世界へ羽ばたいていくのかなというふうな気持ちで思っております。07年にハナサカクラブ(セレッソ大阪育成サポートクラブ)というものを作りまして、その後、セレッソから海外に出て行った人間(選手)は何人かいるのですが、よくよく考えてみますと、ハナサカクラブの支援を受けた1期生という形になるのですが、この1期生で(海外に)移籍するというのは、山口選手が初めてになります。先にも言いましたが、卒業して大きく羽ばたいて、向こうで大活躍して、またセレッソに戻ってきて欲しいというのが、私の本音です。本人はどう思っているか分かりませんが、その辺のことは聞いていただきたいと思います。いずれにしましても、ひとつだけ心残りなのが、せっかくこういう晴れがましい舞台があったにもかかわらず、J2に残ってしまったというのが、私自身も、大変心残りに思うところですが、山口選手の今後の大きな飛躍を期待して、私の挨拶にしたいと思います。ありがとうございました。
■大熊清 強化部長
本日は悪天候にもかかわらずお集まりいただきまして、ありがとうございます。彼とは、セレッソのみならず、日本の宝として、どのように彼を、チーム、そして、将来(にわたって)育てていけばいいかということを(考えつつ)、今年の契約、そして、シーズンの途中も、ある意味、真摯に、オープンに向き合いながら、彼とはずっと話しをしてきました。そのなかで、当初の今年の契約も、彼は悩んだ部分もあると思いますし、夏でのウインドー(移籍期間)のなかでも、彼といろいろ話をしてきました。そして、(J1昇格)プレーオフの前に、具体的な話が、ハノーファー(96)から届きました。それは、今までどおり、オープン、かつ、タイムリーに、彼とはずっと話をしてきて、2人で話をする場を持ったなかで、まだ、紙面、(いわゆる移籍に関する正式な)レターという前ですが、具体的なことを彼に伝えました。そうしましたら、当然なのですが、プレーオフもありますし、(山口選手)自身から、「この話はプレーオフで、チームで戦ったあとで(行いたい)」と。主将としてもしっかり戦いたいと思っていたと思いますし、「プレーオフの結果が出てから、また話をしたい」ということで、1回封印し、プレーオフを戦いました。
そのあとに、レターとして正式にオファーが届きました。そのレターを元に、彼とも話し合いの場を持ち、彼も12月16日に現地の視察等々に、契約関係で出かけたということになります。クラブ関係に限っては、プレーオフ前に、具体的にそれ(契約関係)を詰めていき、プレーオフ期間にも詳細を詰めながら、12月19日をもって、お互いのクラブの移籍の長期合意に至ったということになります。社長も仰っていましたが、もちろん、セレッソとしての宝であり、僕自身、そして、強化部長としても(そうですし)、日本代表の宝でもあります。彼はまた、チームとしては非常に中心になる選手であるということですが、彼が心残りに思っているJ1への昇格を、みんなで果たせなかったという意味では、心残りもある話をしていた部分もあると思います。
ただ、彼がいなくなることにはなりますが、主将としても(活躍してくれたなかで)、強化部長の立場や、監督で見ているなかで、彼自身が非常に人として成長した部分も、私自身もクラブも感じておりました。
彼の年齢等を考えて、ずっとタイムリーに真摯に向き合うなかで、社長も仰っていたように、セレッソから巣立って、日本代表の中心として、そして、世界で通用する選手にぜひなってもらって、絶対的に彼の気持ちにもあると思う、将来セレッソでプレーをする、大きくなってまたセレッソでプレーをすると。そのときにはさらにクラブも大きくなって、またJ1で彼を迎え入れられるように、我々もしっかりこれから戦っていきたいと思います。心から、その飛躍を願いますし、本当に頑張ってもらいたい。セレッソのため、日本のため、彼自身のため、この移籍をぜひ成功させて、ぜひ日本代表を強くしてもらいたいと思いますし、彼自身も成長してもらいたいと思います。以上です。
■山口蛍 選手
みなさん、こんにちは。このたびはハノーファー(96)移籍会見にお集まりいただきまして、ありがとうございます。
この移籍に際して、クラブはもちろん、チームメイトもそうですし、いろんな人が支えてくれて、支援してくれたことに、すべてに感謝したい気持ちがあります。先にも言われましたが、(海外に)行くのであれば、J1に昇格してから行きたいという思いがすごくあったので、このタイミングで行くというのは、ものすごく悩んだところでもあるし、J1に上げてから行きたいという気持ちもすごくありましたが、自身の年齢も含めて、行けるチャンスと、このタイミングが一番ベストかなと考えたので、移籍を決断しました。ハノーファーは現在17位で、苦しい立場にありますし、監督も変わって、かなり難しい状況にあるのは分かっていますが、自分は助っ人としていくわけで、最初から全力でレギュラーを獲るつもりで行って、しっかりチームに貢献したいと思いますし、ひとつでも上の順位に行けるように、自分の力をしっかり発揮したいと思います。頑張ってきます! ありがとうございます。
■質疑応答
Q.海外移籍が決まった今の心境は?
A.色々な思いがありましたが移籍が決まった今はほっとしています。

Q.色々な思いとは?
A.J1に上がれなかった中で海外に行っていいのかという事がまずありました。また自分はキャプテンを任せられている立場で、そう簡単に出て行っていいのかという思いがあった中で、周りの人やクラブが支援をしてくれたということがとても嬉しかったです。それによって移籍が成立したので、今はほっとしています。

Q.海外移籍をする上で一番の決め手になったのは?
A.ハノーファーが最初に声をかけてくれた事もありますが、ハノーファーには日本人が二人いて、きよ君(清武弘嗣)の存在が決断するにあたって大きかったです。
セレッソで一緒にプレーした時間というのはものすごく少なくて、もう一度一緒にやりたいと強く思っていました。それが一番の決め手です。

Q.清武選手とはどんなことを話していましたか?
A.結構前から「来てほしい」というのは言ってくれていました。
セレッソにいる時から、またいつか一緒にやろうという思いが二人にはあって、今回一緒にプレーする機会が出来た事はすごく嬉しいです。

Q.ブンデスリーガの印象は?
A.すごくタフなリーグだと思います。自分もそういうところをウリにしている事もあるので、周りの選手に負けないようにやっていきたいです。

Q.日程をみると最終戦は憧れの選手にあげているビダル選手がいるバイエルンですが、楽しみですか?
A.どの選手を見てもやっぱり好きな選手はビダル選手だなとすごく思いました。最終節に試合がありますが、それまでに自分がしっかりハノーファーでの地位を築いて試合に出られるようになり、100%の状態で挑みたいと思います
Q.監督交代があり横一線かと感じますがご自身としてはどのように感じていますか?
A.監督が変わっていなくても自分はマイナスのスタートと思っています。自分の事はほとんど知らないと思うので、チームに合流したら練習からしっかりアピールしなくてはいけないというのは変わらないです。誰が監督であれ、自分の力を練習からしっかり示していかないと試合には出られないと思っています。

Q.自分のプレーのどんな部分をアピールしていきたいと思っていますか?
A.守備のところは勿論ですけど、ハノーファーの人達と話した時は、自分がボールを奪った後、前に出ていく力というのを高く評価してくれているみたいなので、そういった部分をどんどん出していきたいと思います。

Q.ドイツ語や日本食が食べられなくなるのは大丈夫ですか?
A.ドイツ語は難しいですけど、日本人もいますし、しっかり覚えて早く皆とコミュニケーションがとれるようにしたいと思っています。

Q.海外移籍が決まった今、ご自身の今後のサッカー人生の夢は?
A.ブンデスリーガというレベルの高いリーグでプレーが出来るという事に関して、すごくワクワクしています。実際試合をしてみないとわからないですが、自分がそこでどれだけ出来て、どれだけ成長できるか、今からすごく楽しみです。選手としても人間としてもより成長できればいいと思っています。

Q.将来的にセレッソ大阪に戻り、桜のユニフォームを着る可能性はありますか?
A.着たいとは思っています。ただ出来るだけ長く海外でやりたいという思いもあります。でも、最後はセレッソに戻ってきて、セレッソで引退して、という気持ちはあります。
Q.中学時代から育ったセレッソの一番の思い出は?
A.中学、高校の頃は自分がプロになるとは思っていませんでしたし、プロになりたいとも最初は思っていませんでした。そのプロになれる機会を与えてくれたセレッソには感謝しかないです。セレッソでプロになって日本代表に選ばれて、海外移籍をすることが出来た、というのは、すごく良かったなと思います。

Q.セレッソを離れる今の心境を聞かせてください
A.セレッソでしかプレーをしたことがないので、皆と離れるのは辛いですし、ずっと一緒にやってきた仲間が沢山いるので、悲しい気持ちはあります。でもそれ以上に海外でチャレンジできるというワクワク感もすごくあるので、ハノーファーで頑張りたいと思います。

Q.海外にチャレンジという意味では柿谷選手と何か言葉を交わしたことは?
A.多くは交わしていませんが、お前なら出来るよ!とは言ってもらえました。

Q.最後にセレッソサポーターにメッセージをお願いします。
A.サポーターの中には、何でこのタイミングで出ていくのかと思っている人もいると思いますし、自分自身も悔しい思いがあります。ハノーファーに行ったらセレッソの名を汚さないよう、その名に恥じぬようしっかりとプレーしたいです。サポーター、ファンの皆様、今まで応援していただき本当にありがとうございました。本当に感謝しています。